ボンゴレ本部の悲劇

(続・大漁丸の悲劇)
標的235「修業開始」より




イタリア本部で、ザンザスの匣兵器も解放され、ミルフィオーレは撃退された。
ザンザスは少しだけ本気の炎と匣兵器を使ったが、
椅子に座ったままで動こうともしなかった。
はたから見たら、
沢田綱吉たちと会話しようとするスクアーロを邪魔するために石をぶつけた時が一番動いたように見えたが、
恐ろしくて誰もそれを指摘することはできなかった。
イタリアのボンゴレ本部を守護するのはヴァリアーであり、
ヴァリアーの命運はすべてボスであるザンザスが握っている。
ザンザスににらまれたら、全てが終わる。
世の中で一番恐ろしいのは、ボスなのだ。
常にあがめたて、文句の一つも言わずついていくしかない。

ミルフィオーレを撃退したものの、
現在ボンゴレ本部には暗雲がたちこめていた。
本部に、最大のボス防波堤であり、
秘かに、最大に寵愛を受けていると推測される、
側近の銀の男の姿が見えないのだ。

決戦の時に備えて、沢田綱吉とその守護者はそれぞれ修業をする必要があった。
ほとんど跳ね馬ディーノが手伝ってやることにしたらしいが、
山本武の修業についてだけ、リボーンから直接指名があった。

「山本を鍛えるのはスクアーロがいいぞ」
アルコバレーノの赤ん坊は、突然ザンザスの前にあらわれ、そう宣言した。

「ザンザス、お前だってボンゴレは一つと言っていたな。
しばらく日本にスクアーロを行かせろ」
リボーンはそれだけ言うと、今度は直接スクアーロに会いに行った。

「あのガキィ!! なんのためにディスクを送ってやったと思ってるんだぁ!!」
スクアーロの怒鳴り声が響き渡り、
ヴァリアーの隊員達は首をすくめた。
ボスの機嫌が悪い時に近寄ると命がないのは周知の事実だが、
この銀の作戦隊長が不機嫌な時も、ろくなことにならない。
スクアーロ作戦隊長本人から、攻撃されることもあるのだが、
それより恐ろしいのは、ボスに何か「誤解」され、目をつけられることだった。
運が良ければ、ヴァリアーから追放されるだけで済むが、
たいていは二度と陽の目を見る事ができなくなると囁かれていた。

「スクがいないと、色々困るのよねえ」
ルッスーリアは溜め息をついた。
「ししし、王子はボスの標的にならないからそう関係ないけどね」
ベルはどうでもよさそうに返事をした。
「あのバカなどいなくても問題ない。
このおれがザンザス様をお守りするのだ!!」
レヴィはやる気まんまんだった。

最近はミルフィオーレと戦わねばならないということもあり、
スクアーロはずっとザンザスのそばにいて、
出かけるということもなかった。
二代目剣帝を名のるための百番勝負の時はしょっちゅう留守にしていて、
スクアーロがいない時は、ザンザスの機嫌が微妙に悪くなり、
スクアーロがほぼ一手に引き受けていた、いびりや暴力が他の幹部や隊員に回ってくる。

ルッスーリアはスクアーロが日本に向けて出かけて一日しか過ぎていないのに、
すでにボスが不機嫌なことに気づいていた。
ボスはスクが山本に入れこんで百番勝負の映像を送ってたことも気にいらなかったようなのに、
映像だけでなく、その山本に直接指導ってのは、絶対面白くないはず。
しかも、日本には跳ね馬も行ってる。
それも、ボスの不機嫌の原因よね。

山本の指導に行く指令には許可を与えたけれど、
ディーノに誘われてスクがキャバッローネの専用機で行く予定なのを知っていて、
わざと出発時間までスクを寝室に籠らせていたものねえ。
困ったわねえ。
スクの代わりはいないもの。





ザンザスは書類の束を机の上に放り投げた。
今日はあのうるさいカスザメがいないので、ヴァリアー本部は静かだ。
静かで、仕事がはかどるはずなのに、なぜかそんなに仕事が進んでいなかった。
いつもイライラすると、
そこいらにある物をなげつけたり、髪をひっぱったり、軽くどついたりするのが習慣なのだが、
今はそうする相手がいない。
それに、あのカスザメは年々色気を増しているので、
見ているとむらむらして、とりあえず仕事の合間でも相手させてすっきりすることも多い。
たった一日、それができないというだけで落ち着かない。

あのアホは、ディーノに誘われたとかで、キャバッローネの専用ジェットで日本に行く気だったが、
なんだか面白くないので、飛行機の時間までヤってやった。
やつには拒否権はないし、オレが仕込んだ身体はいつものように喜んでいた。
しばらくヤれねえから、たっぷりとくれてやった。
誰の持ち物なのかをきちんと分からせてやったはずだ。

「跳ね馬の飛行機に乗れないぞぉ。それにこんなふやけたツラじゃ、普通の飛行機にも乗れねえ!!」
カスザメは、いかにもヤられてたってツラになってた。
そのまま人目にさらすのはちょっとまずいツラだ。
下手に頼んでくるならボンゴレの専用機を用意してやってもいいと思ったのに、
やつはとんでもねえことを言い出した。
「ゔぉおおい!! いいことを思いついた。アーロに乗ってけばいいんだ!!」
やつは匣兵器のことを「アーロ」と呼んでいる。
鮫に乗る?
ありえねえ。
どんだけ距離があると思ってるんだ?
気は確かか?
スクアーロは時々、普通では考えられないことをしたり言ったりする。
「山本を鍛えたら、すぐ帰ってくるからなあ!!」
やつはオレの意見も聞かず、少しふらふらしながらヴァリアー本部から出ていった。
ルッスーリアにスクアーロを港まで送らせたが、本当に鮫に乗っていったらしい。

なんで、オレにきちんと頼まねえんだ。
いつもそうだ。
あのカスは、勝手にいろいろなことをする。
頼まれたら施してやってもいいと思うようなことでも、オレには言いやがらねえ。

匣兵器の鮫には、スクアーロが寝ている時に、
スクアーロがふらふらしている時にはちゃんと守るように言い聞かせてある。
黙って立っていると、いかにも誰かの愛人か情婦みてえな雰囲気を漂わせているくせに、
当人にはまるっきり自覚がねえ。
オレのもんだから、誰も手を出さないだけであって、
どんな目で見られているかなどまるっきり無頓着だ。

山本武はことあるたびにカスザメを狙ってやがった。
しかも、あのカスザメはあのガキには特別に甘い。
10年前のガキの姿だと言っても要注意だ。
ディーノも下心は見え見えだ。
自分も派手で見栄えのする姿をしているくせに、
パーティーなどで会うと、時々、カスザメに見とれてぼーっとしている。

ふん、カスザメの一番いいのは、
裸に剥いてオレのものにしている時のツラなんだが、
あいつらが知るわけはねえ。
知らせるつもりもねえ。
ドカスは自分はオレのものだと公言してはばからねえくせに、隙だらけだ。
山本武やディーノが誘うような言葉を言っても、あのアホの脳には届かないらしい。
いまいましいことだ。
なんで、このオレがあんなカスのことでイライラせねばならんのだ。
一日いないだけでむかつかねえといけねえんだ。
ザンザスの怒りは徐々にたまりつつあった。





スクアーロがいなくなって一日目ですでに不機嫌だったザンザスは、
三日もたつと誰が見ても分かるくらい危険な雰囲気を漂わせ始めていた。
隊員達は側に近づくのも恐れ、
いまやヴァリアー本部は世界中で一番恐ろしい場所となっていた。
書類を提出しに行った隊員が、次々と憤怒の炎に焼かれてぼろぼろになって帰って来た。
幹部たちは、広間に集まり「対策会議」と言う名の話し合いをしていた。

「さすが、ボス。ステキねえ。部下が死なない程度にストレス発散してるのねえ」
ルッスーリアがうっとりして言った。
「ボスの炎は素敵だけれど、受けるのは嫌だし、悩むわあ」
倒れた男達を治療しながら、ルッスーリアは真剣に考えているようだった。

「ミー、思うんですけど、日本に行ったらどうでしょうか?」
フランが、ルッスーリアのスコーンと紅茶片手に提案した。
「ミー、まだ日本に行った事ないんです。
ボスがそんなにスクアーロ隊長のことが気になるなら・・・」

「うわー、言っちゃったわ、この子!!」
ルッスーリアは怯えたように小指をたてた。

「小僧!! その名を出す必要はない!! スクアーロなどもう帰ってこなくてもいいのだ!!
やつの抜けた穴は永久にこのオレが埋めてやる!! 忠誠心なら誰にも負けぬわ!!」
レヴィは自信満々で言い切った。

「ししし。王子、知らね」
ベルはちらりと入り口を見て、腰を浮かした。
この場から一刻も早く立ち去らねばならない。
おっかないボスが怒りの気配をまき散らしながらそこに立っていた。

「かっ消えろ!!」
憤怒の炎があたり一帯に炸裂し、
幹部たちは必死で逃げた。
ヴァリアー本部の広間は崩壊したが、隊員達もザンザスを恐れて逃げ出した。

今日はあのうざい鮫がいない。
もしやつがここにいたら、空気を読まずにずかずかやってきて、うるさくまくしたてる。

ザンザスは誰もいない廃墟と化した広間にただ一人残った。
ちっ。
見慣れた光景だ。
ザンザスはいつも一人だった。
一人で破壊を繰り返してきた。

でも、いつからかあの銀の鮫が側にいた。
なぜ、あのうるさい男が雨属性なのか、ずっと分からなかったが、
確かに今ここにやつがいたら、
オレの怒りはやつに向けられて、この部屋を壊すこともなかっただろう。
雨の鎮静作用。
オレがやつを必要とするのはそのためなのか。
いや、それだけではないと認めざるを得ない。
まったく、いまいましいことだ。




幹部たちは、ザンザスが部屋に戻ったのを確かめると、おそるおそる広間に戻った。
「ししし、ボス、隊長室は壊してないし。
先輩の帰る場所はちゃんと残してある」
ベルの言葉に、ルッスーリアはしみじみとうなずいた。
「ボスも大人になったわねえ。スクはもう無事に日本についてるといいんだけど」

え?
幹部はみな怪訝な顔をした。
「直行便で行けば、半日もあれば着くではないか」
さすがのレヴィも不思議そうにしていた。

「それがね・・・あの子ったら、鮫に乗って行ったのよ」
ベルもフランもレヴィもぽかんとした顔をして、言葉もなかった。

「ここだけの話、跳ね馬のジェットで行く予定だったのにボスが嫌ったみたいで乗れなかったの。
スクったら跳ね馬が自分の匣兵器の馬に乗って移動できるっていう話を聞かされてくやしかったみたいで、
自分のにも乗れるって嬉しそうに言ってたもの」
ルッスーリアは小声で事実をばらした。
ここ三日ほど言いたくてうずうずしていたのだ。

「ありえん・・・」
レヴィが驚愕の表情を浮かべていた。

「イタリアから・・・日本まで・・・?」
フランが絶望的な目をしてつぶやいた。
ロン毛のアホ隊長などと言ってちょっとからかうような呼び方をした時もあったが、
それにしてもこれは・・・。

「ししし。さすが、スクアーロ。じゃあ、まだ着いてないかもしれないじゃん」
ベルの言葉に、その場の全員が固まった。

数日いないだけでボスの機嫌がこれほど悪いのだ。
まだ、着いていないとしたら、いったいいつ帰ってくるのか?
スクアーロが鍛える相手は、今でもボスと秘かに火花を散らしている山本武だ。
10年前の姿だといっても、スクアーロに手を出さないという確証はない。
ディーノがずっとスクアーロを狙い続けているのは誰の目にも明らかだ。
スクアーロ本人だけが、まったく気づかず隙だらけだ。
ボスひとすじで、一途で忠実なくせに、勝手にいろいろなことをするし、
あきれるくらいボスの機嫌をとることができず、妙に神経を逆なでするような言動ばかりする。
何かあったら、大変なことになる。


ボスの機嫌が悪い時は、
スクアーロに押しつけておけばなんとかなるというのに、
スクアーロのせいで、さらに機嫌が悪くなるかもしれない。
悲劇はこれから起きるのだ。

彼らは大きなため息をついた。






モドル