夜がすっかり明けると、サンジは再びキッチンに立った。
昨日、ルフィの夢がかなった。
ルフィはサンジに細かい細工のブレスレットをくれた。
ナミさんが欲しかったらあげようと思ったけど、
「いらないわ。
でも、サンジ君、それを誰かにあげたりしたら、絶対にだめよ」
と言われた。
だから、オレが自分ですることにした。
これくれえならあんまり目立たないし、いつもしてたっていいんだけどよ。
サンジは腕にはめたままのブレスレットを見た。
きっと、ルフィからもらったのが指輪だったらクソ恥ずかしくてしてねえかもしれねえよな。
ルフィの夢は叶ったけれど、オレたちは何一つ変わっちゃいねえ。
ずっと、ともにあればいい。
夢は口実にしかすぎなくて、本当は毎日の積み重ねが大事なんだって、今やっと分かった。
だから、ルフィが海賊王になっても、何も変わらねえ。
次の夢を信じる力がもっと強くなっただけだ。
あの白ひげは今日には迎えが来るだろう。
すごい迫力だ。
あの男を海賊王にするために、エースは生きていたんだ。
白ひげは、オレの知らないエースの話をいっぱいしていた。
ルフィはそれを喜んで聞いていたけど、オレは泣きそうになってとても聞いていられなかった。
へへ、勿体ないことしたよな。
もう二度と聞けねえだろうのに。
サンジはまた泣きそうになって、ごしごしと目をこすった。
それから、気分転換にタバコを取り出し、火をつけようとした。
その時、勝手にタバコに火がついた。
え・・・、何?
今・・・、・・・火が・・・。
サンジは大きく目を見開いて、その火を見た。
「姫。もう一度、オレとつきあっていただけませんか」
・・・この声は。
サンジは振りかえって、うやうやしくお辞儀をするテンガロンハットの男を見た。
名を呼びたいのに、もう声も出なかった。
生きてた、生きてた、生きてた。
涙が、ぼろぼろこぼれ、けれど、あまりのことに瞬きするのも忘れた。
ここにいる?
本当に、いる?
あの時、消えたままの想いが、形となってここに。
これ以上、心を乱されたら、もうオレの心は耐えられずにバラバラになっちまう。
もう、待ちたくねえ。
だけど、会いたかった。
エース、てめえに会いたかった。
エースはぼろぼろ泣くサンジを抱きしめた。
あの後、半死半生で知らない島に流れ着いた時には、記憶がなくなっていた。
背中の入れ墨を頼りに、白ひげと再会した時、自分の記憶は戻った。
世間ではエースは死んだ事になっていたから、一時期はもうサンジのことをあきらめようと思った。
白ひげを海賊王にしてやりたい。
その夢を叶えてから、必ずサンジを迎えに行く。
これがエースの誓いだった。
なのに、白ひげからは一方的に言い渡された。
「お前は勝手に私事で命を捨てたも同然。
もうオレはお前を白ひげ海賊団のメンバーとは認めない。
オレに忠誠を誓うならオレの決めた船に乗れ」
先程、急に連絡が入り、来てみたらメリー号があった。
そうしたらもう全てを捨てる決意がついた。
オレは白ひげを海賊王にすることはできなかった。
でも、泣かせてばかりのサンジを泣かせないことはできる。
側にいればいいんだ。
離れずに、側に。
「サンジ」
サンジは名を呼ばれ、泣き濡れた顔でエースを見た。
どんな夢よりも、オレはサンジが大切だ。
フーシャ村の港で海にしずむ瞬間、走馬灯のように記憶が甦り、最後の瞬間に残ったのは、サンジの笑顔。
あのひまわり畑の中に立っていたサンジの姿を忘れられるはずがねえ。
近づけば近づくほど、あざやかに記憶が刻まれていく。
情けねえ話だが、白ひげに用なしだと言われたら、オレにはもう何もねえ。
欲しいものは、もう一つしかねえから、今度こそ正面きって戦おう。
どうやら海賊王への戦いはルフィが勝ったようだが、今度はそうはいかねえ。
サンジはオレのものにする。
エースは優しくサンジを抱きしめて、その髪を撫でた。
「エーーーーーース!!」
ルフィの絶叫に熟睡していたゾロまで飛び起きた。
「や・・・みなさん。
どうも、お久しぶりで」
律儀に挨拶をするエースに、ついゾロやウソップまで目礼を返してしまっていた。
「だーっはっは。いやー、絶対死んだと思ったけどよ、何でか生きてたってわけで。
しばらく記憶も飛んでて、こんな悪趣味な入れ墨いれたのは誰かって思ってたけど、オレだったさ!!」
エースの笑みに、誰もが笑った。
クルーたちが騒いでいるうちに、いつの間にか白ひげが消えていた。
白ひげのおっさんは、オレたちにエースをくれたんだ。
海賊王になることよりも、大切な宝。
こんな嬉しいことはない。
「白ひげのおっさん、ありがとう!! 」
ルフィは真っ青に晴れた空に向かって叫んだ。
誰もが、幸せになるため、この旅路をゆくのだ。
はかなく美しき日々は、いつだって気がつくと通り過ぎている。
どんな傷があっても、それは乗り越えられる。
その笑顔さえあれば、なんだって越えてゆける。
迷うことも時には必要だ。
どれほど悩み苦しんでも、いつかは愛を自分のものとすることができる。
エースが見ると、サンジははずかしそうに微笑んだ。
たった1人の笑顔で、心があたたかくなり、幸せになれる。
彼らはそのたった1人を見つけてしまった。
互いに想う心さえあれば、いつか幸せは訪れる。
人生は航海の連続だ。
一つ夢が叶うと、新しい夢が生まれる。
ならば、たゆまなく進み続ければいい。
未来は彼らの身体に宿っている。
だから、生命の火がともる限り、果てしない航海を続けよう。
愛する未来のために。
そして新たなる海賊王の伝説は始まる。