山本武の決意
(標的246より)
YS

 


修行は順調に進んでいた。
剣を選ぶと答えた山本に満足したスクアーロは、思いのほかきちんと相手をしてくれている。
指輪を争って戦ったことは山本にとってはこの間のことなのだが、
スクアーロには遠い昔の話のようで、その強さはくらべものにならなかった。
十年後のスクアーロは見事な技を持っていて、剣を交わすたびにその技量の凄さを実感できた。
どうして、自分にこんなに教えてくれるのかは分からなかった。
聞きたいけれど、聞いてはいけない気がした。
雨の指輪を争った時のスクアーロも十分年上だったはずだが、やんちゃな感じがして親近感がもてた。で
も、今のスクアーロは、静かに感じられるぶん、何だか目のやり場に困る。
過去に帰るまでは、何も考えず全力で戦うと決めたら、迷いは消えた。
気がスッと楽になった。
大切なもののために全てを捨てることなどいとわない。
今、自分にできることは何なのか。
それを忘れてはいけない。
「スクアーロって、普通の服も似合うのな」
山本は寝転がりながら、たき火の向こうのスクアーロを見た。
激しい修行で服がぼろぼろになったので、一緒にカジュアルショップに行って買ったのだ。
「はぁあ?何くだらねえこと言ってるんだぁ」
スクアーロはどうでもよさげに返答をした。
山本は心の中で、年齢差を考えた。
たぶん、じゅーはちぐらい違う?
店に入った時も、ものすごく目立ってたけど、しょうがないのな。
十年後のスクアーロ、ものすごい美人なのな。
店員がものすごく不思議な目つきでオレたちの事を見てた。
やっぱり師匠と弟子程度にしか見えねーのかな。
もうちょい、昇格したいのな。
「そろそろ焼けたかぁ?」
山本は、すぐそばに立てられた木に突き刺されたマグロを見た。
ジャッポーネでは、木に魚を刺して焼くというのを信じて疑わないスクアーロは、ずっと焼けるのを待っている。
「魚って焼いとくと、長持ちするんだってなぁ?毎日食えるぞぉ。でかいから、戦いの日までに食いきれるかどうか分からないぞぉ」
スクアーロは、真剣そのものだ。
山本は、同じものだけ食べ続けるテレビのバラエティ番組を見た事があったことを思い出していた。
どうみてもスクアーロは善意でマグロを持って来たわけだし、何よりも本人が食べる気だ。
それなら、自分も受けて立つしかない。
寿司屋の息子としては、こんな食べかたはもってのほかだが、しょうがない。
スクアーロが必死でマグロを見つめる様子を見たら、何も言えなくなってしまう。
「あんたって、世間知らずなのな」
つい、思っていたことが口をついた。
「ゔぉお゛お゛い、カスガキぃ!! オロされてぇのかぁ?」
スクアーロが立ち上がり、すばやく匣兵器に手をかけた。
中から、凶悪な鮫が踊りでてきた。
「あー、悪い悪い」
山本は自分の匣兵器も開匣した。
秋田犬の次郎は戦おうとせず、スクアーロにまとわりつき、ハグハグしようとしている。
匣兵器のアーロから凶悪なオーラが立ちこめた。
スクアーロは実は、なつかれると弱い。
秋田犬の次郎は、山本にもまとわりつくが、師匠であるスクアーロにも激しくまとわりつく。
次郎は、ザンザス以外誰も気軽に触れることのできない、髪とか顔とかまで触りまくりだ。
「次郎、戻れ」
アーロの険悪な雰囲気を察知した山本が命じると、次郎は未練たっぷりな様子で匣に戻った。
「アーロ、戻れ」
スクアーロが命じると、アーロは山本を威嚇してから、しぶしぶ匣に戻った。
「オレ、スクアーロの匣兵器には嫌われてるかもな」
山本は、肩をすくめた。
まあ、しょうがない。
ご主人様を狙ってるのは確かだから。
「・・・何でだぁ? そういや、アーロは跳ね馬も嫌いだぞぉ。ときどき誰かれ構わず威嚇するしなぁ」
あまりにも気づかないスクアーロに、山本はあぜんとした。
でも、そこがまたかわいい。
うんと、年上なのに、かわいい。
スクアーロのためにも全力でがんばりたい。
友のためよりも、目の前のこの人のために、全力で戦いたい。
もう、迷わない。
ずっと、強くなって、男としてきちんと振り向かせたい。
今のオレに振り向かせたい。
スクアーロが好きだ。
弟子としてもあんたを満足させるし、男としても満足させねーと。
「もう、腹のとこ食えるかぁ?」
スクアーロは、山本の考えなどまったく気づくことなく、マグロに近づいて焼き具合を確かめていた。
たき火の光が銀の髪にあたり、きらきらと輝いていた。
山本は、心に誓った。
オレは、マグロを食い切ってみせる!!! 
そして、スクアーロ、あんたもな!!!!








モドル