夕闇
「HRを終了する。用の無い者は速やかに帰宅するように。以上」 氷室が教室を出ていったと同時に、騒がしくなる教室。氷室の言い付けを守ろうと言う訳ではないだろうが、みな放課後の予定を消化する為に慌しく準備をして、教室をでていく。 俺は。今日は特に用事もない。 校舎裏に住んでる猫に会いに行こうか。最近仔猫が生まれて凄く可愛い。しかもその中の一匹はやけに不器用で、そいつを見るたび俺はおまえを思い出す。やけに前向きで不器用で、そして優しいおまえを。 「……」 おまえの名前であって、今はまだおまえの名前で無い名前。 呼ばれた相手は、草むらからヨタヨタと姿を現し、俺の足元に擦り寄ってくる。つられる様に親猫と他の仔猫も姿をみせ、俺が用意する餌を心待ちにしている。 俺は手に持ってきたコンビニの袋から猫缶と牛乳を取りだすと親猫の側に置いた。そして、少し離れたところにやはり牛乳を入れた小さな皿を置いて、を抱き上げた。 「取られるなよ。そうじゃないとおまえ、いつまでもチビのままだ」 俺の言う事に仔猫は小さく返事をして、ジタバタと身体を動かした。 「悪い……すいてるんだな、腹」 いつまでも手の中に入れておきたい衝動をぐっとこらえ皿の側におろすと、仔猫はしばらく鼻をヒクヒクさせて皿の中身の匂いを嗅ぎ、それから舌をつける。ピチャピチャと音がし始めたことを確認して俺は校舎の壁にもたれるように座り、その様子を眺めた。 暫くすると足元に食事を終えた仔猫達が集まって来た。そしてお互いにじゃれ合ったり、親猫の身体の下に潜ったり、お互いを追い掛け回したり、落ち着きが無い。 その中でも、はやっぱりちょっとトロい。そんな所がおまえにそっくりで。幼い頃呼んでいたおまえの名前をついつけてしまった。 「……」 何度となく心の中で呼びつづけて、もうきっと声に出して呼びかける事など出来ないと思ってた。それが思いもかけず再会して、今俺の側にいる。 でもあの頃の俺は今の俺とは似ても似つかなくて。おまえが俺を覚えていなかった事が寂しいのに、何処か安心している。あの頃を取り戻す事は出来ないと、何処かでおびえてる。 昔と同じ…いやそれ以上におまえの事が愛しいのに、おまえの名前を呼ぶことすら出来ない。 臆病で嫌になる。 「」 まだ、おまえの名前にする事が出来ないから。 「」 伸ばす手の先はまだ仔猫。 「……」 擦り寄る小さなぬくもりに、おまえを重ねて抱き上げる。 夕闇の空に星が見え始めるまで、俺はおまえの名前に包まれた。 |
* END *
すみません…なんか凄く暗いSS……。
珪くんの心の寂しい部分をかけたらなあ…なんて思ってたら
ただ単に暗い話に……文才なさ過ぎ (爆)
珪くんが呼んでくれる名前は
全て違うトーンで脳内保管してくださるとまだましかも (爆)
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