どうちがうの? 新しい歴史教科書vsいままでの歴史教科書 夏目書房編集部編/25.07.2001/夏目書房
ついに出ました!「『買ってはいけない』は買ってはいけない」で話題作に便乗する戦法を確立した夏目書房が,歴史教科書論争にも参戦だ!
今回の主旨は,新しい歴史教科書といままでの歴史教科書の記述を詳細に検討して判定を下すことなんだそうな。中立の立場から見ようと努力してくれればこれほど面白いのはないですわな。書名に関わらず,公民教科書の検討も入っているという念の入れよう,これには感心。
さて,歴史教科書の検討項目は47。人類の誕生から東京裁判まで。本の書き方は,教科書からそのトピックにあった部分を抜き出して解説を付けて判定すると言うもの。ありがちなパターンだけど,一番分かりやすい。解説には引用部分以外についても言及してくれているし,ただ記述云々の話でないのは良く分かるものとなっています。
判定のポイントとなるのは,記述の正確さの点,記述がどれだけ読む者を歴史に引き込むかという点等。教科書の性格を問題としているように見えるね。正確さではこれまでの教科書が,歴史に興味を持たせるという点では扶桑社の教科書がポイントを上げていた。ただ,正確でも興味を引かないもの,興味を引いても正確でないものにはポイントが与えられておらず,その意味では判定を見るだけでは差が分かりにくい。解説をしっかり読まないと,どういう経緯で判定が下されたのかが理解できないのだ。
判定を総合すると15ポイントほど差がついて扶桑社の負けとなった。引き分けや判定不能が結構あった割には大負けしてしまった扶桑社。やっぱり「扶桑社の教科書は採択しない方がいい」って言うことなのか?
でもちょっと待てよ,これって内容差や記述の熱心さの問題であって,思想の問題じゃないぞ。内容的には負けた扶桑社も,所々ポイントを上げているし,これまでの歴史教科書の問題点も見えてくるような気がする。ってことは,この扶桑社の歴史教科書,内容や採択は別にして,歴史教科書を見直してみる良い機会になったってことだ。
さらに,「新しい歴史教科書vsいままでの歴史教科書」ってことは,2001年に検定を通った扶桑社以外の歴史教科書は判定の対象外ってことだ。だから,この結果を以て採択問題を云々するのは不公平,採択云々は同年の教科書同士を比較するのが筋ってもの。そこんとこを読者は勘違いしてはいけないんだな。
さて,細かい箇所では問題点が多数見つかる扶桑社の教科書も,全体としては教科書の体裁をなしているってわけだ。となれば,問題ってのは,歴史的事実のどこを書いてどこを書かないかってことに集約されるような気がする。ここに思想が関与するわけだな。左翼リベラル系は,他国に対して日本が与えた被害を大きく取り,右翼自虐史観否定系は,他国に対する日本の貢献を大きく取るってことだ。見ている事実そのものには大して違いはない,なのに思想が違うだけでこれだけ違いが出る,ってのは面白いと思わないかい?
現在は左翼リベラル系が一応正統位についているから,扶桑社の教科書が異端とされているけど,逆だったらどうだろう?左翼リベラル系が言ってることって,実は自虐史観否定系が言ってることと体裁に大して違いはない。つまり,左翼リベラル系が既存の歴史教科書の利益にしがみついてるって言われても否定できないよな,もっと説得力のある意見を出してもらわにゃあ。
書評じゃなくなってきたな。本論に戻らねば。
総講評の大月隆寛とか言う民俗学者の言によれば,「歴史なんて『絶対に正しいこと』はまずあり得ない,という前向きなあきらめから始めないことには話にならない」んだそうで,記述の正確性どうこうを持ってくるのは筋違いなんだそうですわ。これはうなずけますな。はっきり言って,記述が隅から隅まで正しい歴史教科書なんて私は見たことがありません。記述の正確性という問題を持ってきたら,いままでの歴史教科書だって大したことはない。特に,今回初参戦の扶桑社の教科書なんて,記述の粗なんざいくらでも見つけられる。ザル認識だからね。でも,それは採択云々の問題じゃないって。
左翼リベラル方面の人達は,記述の正確性を盾にとってその思想性を否定しているわけだな。「事実を隠蔽している」とか言って。逆に,自由主義史観の人達も,これまでの歴史教科書の思想性を批判しているわけだ。「自虐史観」って名前も,正確性の問題じゃなくて思想性の問題につながるわな。
そう言う点から見たら,この本は意外と価値のある本かも知れませんわ。賛否両論をきっちりと記載して,どちらにも辛口な意見を付けている。歴史教科書賛成派からも反対派からも文句が付きそうな本ってのはなかなか見かけることがないからねえ。
大月隆寛によれば,最終的な判定を下すのは私ら読者なんだそうで,「これが正解」と言う読み方をしないでくれってさ。良いこと言うねえ。つまりこの本は,私らの考えを作る手助けの役割しかしないってことを既に言っちゃってるわけだ。実は,歴史教科書にも同じことが言えるんだな。教科書ってのは,それで学ぶ生徒の考えを作る手助けとしての役割をするのが本分だってこと。だから,どんな教科書使ったって,それだけで思想形成を図らせちゃいけないんだな。その点からすると,左翼リベラル系も右翼自虐史観否定系も,自分の思想を表現する手段として教科書を使うのは卑怯,ってことにはならんかい?
最終的にどうだろうなあ,この本買う価値ってのは?値段は1050円するのですよ。これを安いと見るか高いと見るかですな。わたしゃつい買ってしまったのですよ,「『買ってはいけない』は買ってはいけない」の夏目書房と知りながら。罠にはまったって感じだね,こりゃ。まあ,1050円ってのはたいした金額ではないし,内容的には結構良いし,買って損しないとは断言できる。でも,左右どちらかに振れている人は買わない方がいいかもなあ。ってことで最終的な判断はみなさんにおまかせ!
さて,私が危惧していること:いままでの歴史教科書を,左翼リベラル系の深みにはまった救いようのない教師がバイブルとしてみていたように,新しい歴史教科書を右翼保守のとんでもないバカ教師がバイブルとして使うんじゃないかってこと。「つくる会」の思惑をはずれて深みにはまっていくバカが絶対出てくるって(まあ,そのバカを「つくる会」は黙認するんだろうけど)。
何か書評か雑論か分からなくなってしまったな,でもこれは書評だよ。
評価:16点;定価で買う価値は十分。解説もまあまあ分かりやすく,歴史教科書問題には必携の1冊かも。