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笑わない踊り子

千葉啓

その踊り 凪のごとき静寂から始まる

人皆 しんと静まり返るなか
水色の衣を着た少女は踊りだした
腰帯をそよそよと風のように揺らしながら
膝元まで伸びた裾ひだを時折旗のごとくはためかす

いかなる表情も面に見せず その少女は
ただ淡々と踊りをこなしているだけに見えた
左手が上がり 右手が下がる
白い肌が描く弧の美しさに誰もが息を呑んだ

その踊り子に笑顔はなかった
だがそのうつろな瞳に 次第に真剣さが混ざりだす
膝を曲げ 脚を上げる 形だけの躍動
黙々とこなすだけの造作ない動きに だんだん
身体が熱を持ち始める

いつしかその細い指先まで神経が行き交う
踊り子の周りで小さなつむじ風が巻く
客席から小さな歓声が挙がったが彼女は気付かない
いつの間にか一心不乱に踊りに己を打ち込んでいた

「あなたは何のために踊るの」
「その踊りに何の価値があるの」
舞い上がる黒髪は答えた
「その問いに答えるほうが意味がない」

身体は知っていた どちらに回転したいのか
どちらに曲がって ゆきたいのか
どちらに手を伸ばしたいのか
どちらにまなざしを向けたいのか
少女は身体と会話した
心が身体を理解してゆく

ふと少女は すっかり息が上がった自分に気付いた
大きく開く肺
力強い心臓の音
全身の熱

「あなたは何のために踊るの」
再び空白の世界から 彼女にうつろな呼びかけがあった
踊り子は身体に訊いた
踊る身体は静かに答えた

「はなのおくまでいきをすってごらん
 みみのおくまできこえるおとをきいてごらん
 ましょうめんをむいてごらん
 あなたをとりかこむせかい
 それをかんじるために
 いまあなたはおどっているのさ」

踊り子の前に観客がいた
踊りを終えた彼女に惜しみない拍手が送られた
上下する肩 茫然とする
笑わない少女は
自分のために踊りを踊って
拍手をもらった

笑わない少女は
恥ずかしくて
嬉しさを背中に隠した
だから笑わなかった

前に言っていた踊り子の詩を一編送ります。踊り子シリーズでまとめてみようと思っていたけれど、まだその時期ではないらしい。大体自己肯定を比喩するときに踊り子のイメージを借りている気はするのだけれど…
                  8月12日

体の肯定と意識の肯定


今の若い子達は複雑なリズムをいとも簡単に歌えてしまう。

父さんには今のリズムはとても難しくてなかなか正確に歌えない。

中川ひろたか君のうたも今のリズムが入っていると歌うのが困難で自分で自分が情けなくなる。

近代から現代の音楽の流れは、リヒャルトシュトラウスやバルトークがしめしているように、底流ではホモホニック(単旋律)からポリフォニックへ(複旋律)、長調短調の旋律から複調や複数の旋法が複合した音楽へ向いつつすべての音楽の肯定に向っているのだと思われるが、一般に受け入れられている音楽は、ホモホニック(単旋律)であり、長調・短調の曲がほとんどだ。

民族音楽の中に各種旋法があるが、それを味わっている人はまだごく少数だろう。

しかし、こと、リズムと踊りの一部に関しては近代から現代の一般人は非常な発展を遂げた。

16ビートのアフタービートなど複雑で、父さんの感覚ではなかなか正確に合わせられないのだけれど、今の若い人たちはいとも簡単に歌えてしまう。

そういえば、彼らは小さなときからテレビで毎日眺め聞いていたんだものね。

しかし、「小さなときからテレビで毎日眺め聞いていたんだ」ということは、「複雑なリズムと踊りを世界中の文化に広めようとする力」が人類に働いていたということだ。


アフタービートというのは「一人時間差」みたいなもので、自分の体と意識の時間的ずれを表してくる。ようは、自己の多様性の一つの表現だ。

人間の体は各部分でリズムが違っていてね、それは、各民族音楽の中のリズム性の違いになって現れてくる。


父さんが言いたかったことは、そうそう、人類には、意識よりも体のほうが先に響いているという事実なんだ。

君の詩の中では、踊り子は無表情なんだね。

なぜ、無表情なんだろう、おそらく、体のほうは自分自身を聴いているんだが、意識の方はまだ体を十分聴けない状態にあるからなんじゃないかい?


踊り子のイメージは、君の言うとおりだと思うが、「自分の肯定」の中の「体の肯定」を比喩していると思うね。


踊り子の詩と君のメールとこのメールを、esseに発表してもいいかい?

「人はなぜ不安になるのか」は、既にダウンロード40回を越えたよ。


2005年8月12日



オィリュトミーによる分析

君の詩を父さんの体でオィリュトミーした譜です。

この詩の少女はは、"始まり"を感じています。
彼女の体は動き始めました。
しかし、彼女の意識は、体の要求に翻弄されてしまい、体の感じている躍動と喜びを十分に感じることができていないようです。
意識のほうはうつろに問いかけます。
「あなたは何のために踊るの」
「その踊りに何の価値があるの」

体のほうからきっぱりとした答えが響きます。
「その問いに答えるほうが意味がない」

後半に入り、7.8.9.10.11.12連に、同一方向の二重円、三重円が出てきます。
これは、肉体が同一方向の意志を繰り返していることを表しています。
肉体の意識が意識の意識によって受け取られるようになれば、ここには8の字(レムニスカート)が現われてくるところです。
肉体に焦りがあり呼吸が浅くなっていることを示していると思います。

9.10.11.12.連で、終わりとはじまりが交互に響いています。
「あなたは何のために踊るの」  終わり
今あなたは踊っているのさ」   始まり
踊り子の前に観客がいた     終わり
だから笑わなかった       始まり
終わりは意識を表し、始まりは肉体を表しています。

2005年8月21日

千葉義行