そして魔族は舞い降りた


 ドルモットの空は暗い。
魔物を生み出し続けているという噂の迷宮、魔界と繋がっていると囁かれる謎の都。
15年前の戦乱、その後の評議会のきな臭さも手伝って、この町は名実共に混沌の闇の支配下にあった。

 そんなドルモットの街を、ヒューマンの少年は歩いていた。
市街地を少しでも外れると、そこは凶悪な魔物の跳梁跋扈する闇の世界。
しかし、この少年はまるで近所を散歩するかのような軽快な歩みで、町外れの闇へと身を投じて行った。

「……さて、こんな遠くの大陸まで一体何の用なんだ」

 今やすっかり闇の一部と化した少年は、少女と聞き紛いそうな幼い声でそう言った。

「オレを連れ戻しに来たのか? 1000年くらい有給休暇は申請しといたはずだぜ」

 闇の一部が歪み、うっすらと人の姿が浮かび上がった。
滑らかな肢体は成熟した女性、しかしその背には蝙蝠の翼……コルバドス大陸に出現する「サキュバス」「リリス」を彷彿とさせる影だ。

「そういきり立つな。別に貴様を連れ戻しに来たわけではない」
 
 クック……と、闇の中に含み笑いが響く。艶を帯びた女性の声だ。

「ただ、最近は我らも暇でな……休暇ついでに、可愛い部下の様子でも眺めてやろうと思ったのだよ」

「オレが冒険者になるって言ったときは、顔真っ赤にして反対したくせに」

 少年は闇の中で憮然とした顔をする。それが分かるのは対峙する影のみだろう。

「……人手が足りないのではないか?」

 影の言葉に、少年は息を呑む。

「知っているぞ。貴様が行動を共にしている小童が戦争ごっこに現を抜かしていることを。
 そして、貴様がそのための兵力を欲していることを」

「……どうして、それを」

「私がそれくらい知らぬと思ったか、この愚者め」

 女性の笑い声が闇にこだまする。

「退屈凌ぎにはちょうどいいだろう。貴様に力を貸してやる。
 もっとも、この大陸では魔族は大っぴらに闊歩出来ぬようだから、仮の姿を取らせて貰うが」

「……何か裏で、魔族を冒険者として認めようってな動きがあるらしいがな。
 この大陸の執政のことだ。あまり期待はしない方がいいらしいぜ」

 少年はため息を吐くと、きびすを返しドルモットの市街地へと歩き始めた。
そして、ふと思い立ち後ろを振り返り……街の薄光に晒された影の姿に驚愕した。

――また苦労の種が増えた。かろうじてわかるのはその事実だけだった。

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