何て幸せなところなのだろう。
エール酒を呷りながら、セロカはぼんやりとそんなことを考えた。
このエルフの少年(と言っても、軽くヒューマンの寿命以上の年月を生きているが)の生い立ちを知る者は少ない。
恐らく、ファーメリア大陸でそれを知っているのは彼自身を除いては誰もいないはずだ。
それもそのはず。セロカはファーメリアでは未だ存在すら知られていない……
……恐らく、今後も知られることはないであろう、遠い遠い大陸の出身なのだから。
彼の生まれた大陸では、エルフやドワーフなどの亜人種は「人間」として認められていなかった。
ヒューマンのみを「人間」として認めるその大陸で生き残るために、セロカはヒューマンの子供を演じ続けざるを得なかった。
亜人種に対する偏見のない数少ないヒューマンに助けられながらも、セロカは己の素性を偽り続けることに息苦しさを感じていた。
……そしてとうとう、噂にのみ語られる遠い大陸「ファーメリア」へ、逃げるように旅立ったのだ。
エルフやドワーフ、ホビットや獣人族がヒューマンと共に平和に暮らす大陸。
それは、セロカが長年心に抱いてきた理想郷に他ならなかった。
もちろん、15年前の戦乱の爪痕は未だ深く残っていて、大陸全てが平穏な日々を享受しているわけではなかったが
それはセロカにとって些細な問題に過ぎなかった。
――所詮、我らとヒューマンが分かり合えるわけがない。
セロカの父はそう言い、その身を魔道に堕とし、故郷の大陸を恐怖に陥れた。
その父を止めたのはヒューマンの勇者たち。しかし、その影に幼い少年魔術師の姿があったことに、父は気づいていただろうか。
「どれだけ時間がかかるかなんてわからない」
遠くのテーブルで踊り騒ぐホビットとニャーミアン。ヒューマンの少女の給仕は慌しくジョッキを運び、ドワーフは酒樽の中身をその腹樽に移し替えている。
そして、セロカの隣には、一人のヒューマンの少年。セロカの呟きが耳に届いたらしく、不思議そうな顔でセロカを見つめている。
「でも、僕はいつか、この光景を故郷でも見せてみせる。絶対に……」
セロカは呟くと、ヒューマンの少年に笑いかけた。
そう、道のりは遠い。けれど、その第一歩は間違いなくここに。