大陸の外れの忘れ去られた港から、人知れず、一艘の船が旅立つ。
船頭も船員もいない。仰々しい積荷もない。
いるのは乗客が二人。エルフの少年とヒューマンの少年。
両者とも20年も生きていないと思えるくらい若い。
あるのは少々の荷物。杖や弓などの武器と、ランタンやロープなどの道具。そして食料。
その様子は航海というより、まるで冒険に出るかのようだった。
「どんなところなのかな、ファーメリア大陸って」
陸が水平線の彼方に姿を消したころ、エルフの少年が呟いた。
「さぁ……オレに言われても」
ヒューマンの少年は困ったように肩を竦める。
「本当に噂程度のことしか知らないぜ。エルフやドワーフなんかの妖精族がヒューマンと共存してるってくらいしか」
「そう……」
エルフは遠く、海の先を見つめた。
「……これで、本当によかったのか?」
今度はヒューマンがエルフに尋ね返す。
「まだあっちには、お前を必要とする連中がたくさんいたはずだ。いくら最悪の危機は……免れたとはいっても、まだまだ解決しなきゃいけない問題が山積だったはず」
「……」
エルフは無言のまま、海の先を見つめ続ける。
「確かに、ヒューマン連中の偏見はそう簡単になくせるモンじゃない。でも、少なくともセロカ、お前をエルフだからって理由で迫害する奴は、もういないはずだろ。それくらい……」
「違うんだ!」
セロカと呼ばれたエルフの少年が声を荒げた。
「僕は……もうイヤなんだ。故郷が滅んでから、何年間……ずっと、自分を偽って生きなきゃいけなかったか。そりゃ、僕の正体を知って、それでいて僕を受け入れてくれた人はたくさんいた。でも、その人たちが、他のエルフたちに対しても、僕と同じように接してくれるって保証は、どこにもない」
「……」
「また、父さんみたいな人が出てこないとも限らないんだ、今のままじゃ……」
セロカの父は、故郷をヒューマンに滅ぼされたことを恨み、その復讐を企てた。結果、多くのヒューマンが苦しみ……その偏見を強くした。
「だから、僕は……これ以上、僕を作りたくないんだ。そして、そのためにもっと知識が欲しい。あっちじゃ絶対に得られない、共存のための知識が」
「……一体何年かかることやら。付き合う身も大変だなこりゃ」
ヒューマンはまた肩を竦めた。
「ま、オレは未知なる世界を冒険出来りゃそれでいいさ。あっちもあっちでまだまだ行ってない土地は多いんだが……あっちで動くには、オレもいろいろしでかしまくっちまったしな。誰かさんのおかげで」
「悪かったなぁ」
頬を膨らますセロカに、ヒューマンの少年は笑いかけた。
「ただ、これだけは約束だ。絶対にまた、あっちに帰るって。二人揃ってな」
その言葉に、セロカは目を拭うと、笑顔を返す。
「大丈夫。君の『実家』の手を煩わせたりはしないよ」
「はは、アイツらも遠い大陸まで出張したくはないだろうからな。OK。じゃ、しばらくあっちとはお別れだ」
船頭も船員もいない船は、まるで自らが意思を持つかのように、海原をまっすぐに進んでいく。
「目指すは……ファーメリア大陸!」
その言葉を合図に、船は遠く水平線の彼方へと消えていった。