キンショウマンの正体


 そこは、全く別の場所のように思えた。V字型に掘り進められたた山の斜面には、むき出しになった石灰岩の壁がそそり立ち、丁度先ほど上った朝日に照らされて、血塗られた墓標のよう見えた。
「あの頃は山の形をしていたのに...」
私はため息のような独り言をつぶやいた。
 ここは、近翔山。平野からいきなり飛び出したような、この小さな山は古くからセメントの原料や石材として石灰岩が砕石されており、町の重要な産業となっている。この石灰岩から様々な化石が出ることは、古くから知られており、砕石が止まる日曜日ともなると今も全国から化石マニアが集まってくる。
 私も少年の頃は熱心な化石ファンで、毎週のようにこの山に自転車で通ったものだ。しかし、一時の化石熱はいつしか冷め、1,500点近く集めた化石も散逸してしまっていた。そんな私がこの山に来たのは理由があった。
  ただ当たり前のように1日を消化して行くだけの毎日に、私はうんざりしていた。何か夢中になれるものが欲しい...そう思っていた時にあの山で化石採集した少年時代の事がふいに思い出されたのだ。
「あの時の自分は輝いていた...」
私は物置にしまっていたハンマーを探し出すと、車のトランクに放り込み、近翔山へ向かった近翔山のだった。
 早朝の高速を走らせようやく到着したそこは、私が知っている近翔山ではなかった。あの腕の太さほどもあるウミユリが出た崖や、沢山の貝類化石をいくらでも拾えたガレ場は跡形もなくなくなっていた。冷静に考えれば当然のことなのだが、私は大切な思い出の場所が消失したことにショックを受けた。それは、大切にしていたアルバムをなくしてしまったような、そんな気持ちになり、しばし呆然と立ち尽くしていた。
 気を取り直しハンマーをトランクから取り出すと、周りを見まわした。しかし、どこで採集して良いものなのか、さっぱり分からない。とりあえず、近くの崖の下まで行き、落ちていた黒色石灰岩を叩き割ってみた。4回、5回とハンマーを振るってようやく割れた石の断面を眺めると、そこには白くて小さな丸いものがいくつも入っているのが確認できた。それはヤベイナといって、フズリナという生物の仲間の化石だった。ここでは普通に産出する、さほど珍しいものではない。
 しかし、化石はまだ出ているのだ。私は手当たり次第に黒色石灰岩を叩き出した。ところが出てくるのはヤベイナと四放サンゴくらいしか見つからない。辛うじてシカマイアという白い縞模様が密集した石灰岩の塊を見つけたが、私はあまり興味がなかった。これは、私が化石をやっていた頃は、疑化石と呼ばれ化石であるかどうか分からないと言われていたもののだ。
 どれくらいハンマーを振っただろうか?次第に手がだるくなり、私はこれ以上石を割ることを断念しなければならなかった。素手でハンマーを振っていたので手にマメが出来、知らぬ間にそれが潰れていたのだ。
 気がつくと周囲には沢山の車が止まっていた。みな化石採集が目的のようで、カーンというハンマーを振っている音があちらこちらに響いている。
 私は帰り支度を始めた。あれだけ探しても見つからなかったのだ。これ以上探すことは無駄に思えたからだ。せっかく来たのだからと、先ほど割った石から出た四放サンゴのカケラとシカマイアをトランクに放り込むと、車に乗りこんだ。
 それにしても疲れた。久々にハンマーを振ったが、思ったより重労働だった。いや、私が年をとったのかもしれない。
 ふと、バックミラーを見ると今来たらしいアコードワゴンから親子連れが降りてきた。

「お父さん、化石採れるかなぁ?」
少年の無邪気な声が私には虚しく響いた。

 「もうここからはまともな化石なんか採集できないんだ。もう、ここは終わった」
私はひとり呟くと、車のエンジンをかけようとキーをひねろうとした、その時だった。
 遠くの方で車のものらしい爆音を聞いたのだ。どうも排気量の大きいGTカーのエンジン音のようだ。こんな場所にそんな車が来るのは不自然だ。不信に思って車を降り、辺りを見まわした。
 すると遠くの方に真っ赤なコルベットがこちらの方へ向かっているのが見えた。とても化石採集には似つかわしくない車だ。あの車は何をしにこちらへ向かっているのだろうか?
 やがて、私のいる採石場の入り口までやってきた。そこには大きなマウンドがあって、あんな車高の低い車ではとても入って来れないだろう。私のカムリでさえ、底を擦ったのだから...しかし、コルベットは無謀にもマウンドを登ろうとしている。しかし、案の定立ち往生して、ついに亀の子状態になってしまった。

「そら言わんこっちゃない。」
私は苦笑した。
 すると驚いたことに、どこからともなくワーっと人が集まり、コルベットを後ろから押し始めたのだ。ほどなくガリガリっと音を立てながら、コルベットはマウンドを乗り越え採石場までやってきた。皆がコルベットの周りを取り囲んでいる。私も早速車を降りて、近くへ行ってみることにした。
 人だかりの中に一人の男が車降り立っていた。それは、実に滑稽な格好をした男だった。塩ビ製と思われるシルバーの、体に密着する着ぐるみを全身すっぽりと着ており、赤いストライプが肩から腰にかけて入っている。頭には工事用の黄色いのヘルメットをかぶり、丁度額の中央あたりに金という文字が刻まれている。その格好は、私が子供の時分によく見たヒーローを模しているように見えた。
 私は思わず吹き出してしまった。なんてヘンテコな格好だ。タダの目立ちたがりやか、頭がおかしいのだろうと思った。腹が少し出っ張っているから年のころは中年かもしくは初老くらいだろうと推察できた。
「いい年をして...」
私はあきれてその場を立ち去ろうとした。
その時、先ほどの少年が
「キンショウマン!握手して!」
と声をかけた。
「キンショウマン...?」
私はその名前に聞き覚えがあった。


 そう、それは数年前友人に誘われて、当時流行っていたインターネットカフェへ行った時のことだった。私はパソコンというものを触ったことがなかったが、友人はこの店には随分通っているようで、慣れた手つきで操作をしている。私は彼の操作によって出てくるホームページを感心して、眺めていた。そのうち友人が
「何か見たいものない?」
と聞いてきた。
私はしばらく考えた後、遠慮がちに
「か.せ.き.」
と答えた。
彼は素早く検索エンジンの入力欄に「化石」と入力すると、なんと5,000件以上のヒットが表示されたのだ。私は友人に教えてもらいながら、夢中でそれらを見たのだった。その中に「キンショウマン出現!」という記事があったのだ。その記事にはこう書かれてあったと思う。


「有名な化石産地、近翔山には時々奇妙な井出達をした男が現れ、訪れた人たちを驚かせている。キンショウマンと呼ばれているこの人物は、この地の化石採集の達人で、次々に極上の化石を見つけ出す。しかも見つけた化石を惜しげもなく人にくれてやるのだ。近翔山では彼はヒーロー的扱いをされている。」

 私は、このホームページの作者が面白おかしく書いたでっち上げだろうと思った。そんな馬鹿げた話は実際にあるはずがないと...
 しかし、あの話は本当だったのだ。キンショウマンは実在した。彼こそ近翔山のヒーロー、キンショウマンだったのだ!

 キンショウマンは、やがて石灰岩を集積した小山に向かった。その後を大勢の人たちがついていく。私もキンショウマンがどんな採集をするのか興味があった。
 本当にそんなに凄い名手なのだろうか?どんなに名手でも、私があれだけ探して収穫がなかったのだ。まともな化石が出るはずがない。いや、それとも何か秘策があるのか...私は興味津々だった。
 キンショウマンは、大きな黒色石灰岩の塊の前に立ち止まった。差し渡し1メートルはあるだろうか?その黒色石灰岩をしばらく観察していたキンショウマンは、特注品らしい長いタガネと大ハンマーを取り出すと、タガネを石灰岩の隙間にセットし、打ちこみ始めたのだ。
 見事なハンマーさばきだ。見る見る大きな黒色石灰岩にヒビが入っていく。ピッチリとしたコスチュームから、もりもり盛り上がった筋肉が見て取れた。やはり、タダモノではない。
 やがて、黒色石灰岩は、ガサッという音とともに真っ二つに割れた。皆、我先にと割れた石灰岩塊を覗き込む。キンショウマンは、割れた石灰岩の一部を指差した。そこには、大きな丸い塊があった。皆から「おーぉ」というため息にも似た歓声が上がった。それは巨大なナチコプスという巻貝だった。それにしても大きい!クリーニングしないと分からないが直径30pは超えるだろう。こんな見事なナチコプスは、博物館でも見たことがない!ウワサは本当だった。キンショウマンは正真正銘の名手だと私は確信した。
 私はそのナチコプスを手にとって見せてもらった。保存状態も申し分ない。ただ一つ難を言えば、殻口の一部にほんのわずかヒビが入ってしまったことだ。しかし、この程度のキズはどんな化石にもあるものだ。問題にはならないだろう。

 キンショウマンは、今度は私が先ほど採集していた崖下へ向かっている。一部の人たちはキンショウマンが割り出した石灰岩をハイエナのようにあさり、二匹目のドジョウを狙っている。しかし、ほとんどの人たちはキンショウマンの後についてゾロゾロと移動し始めた。私はナチコプスの石も気になったが、あれほど探した崖下から化石が見つかるかどうかの方が気になったので、その群集の方に加わることにした。

 キンショウマンは崖下の転石を探しているようだった。やがて、私が先ほど見つけたシカマイアの密集した石灰岩にキンショウマンは目をつけたようだ。ESTWING社製のピックハンマーを取り出して、キンショウマンは、そのシカマイアの層に沿って割り始めたのだ。先ほどの大胆な割り方とは違い、丁寧に細かく砕いている。それを一つづつ取り上げては、ルーペで確認をしている。
 やがて、キンショウマンは、一つのカケラを皆に差し出した。それはまぎれもなく三葉虫の尾部だった。1p足らずのものだが、誰が見ても分かる三葉虫の化石だった。キンショウマンは、その三葉虫を近くにいた少年に無言で手渡した。先ほどの親子連れだ。少年は小躍りして喜んで「キンショウマンありがとう!ありがとう!」と繰り返しお礼を言っている。私はうらやましかった。私は三葉虫の化石を採集したことがなかったのだ。
 そのうち皆がシカマイアの転石を我先に割り始めた。私も急いで探したが、手遅れだった。しかし、先ほどシカマイアの石をトランクに詰め込んだことを思いだし、急いで車へ戻った。トランクからシカマイアを取り出すと、先ほどキンショウマンのやったように、シカマイアの層に沿って細かく砕いて行った。もうハンマーを振う力もないはずだったのに、急に力が沸いてきたようだ。マメが潰れた痛みも全く苦にならなかった。
「この石に三葉虫が入っていてくれますように」
私は祈りながらハンマーを振った。
 やがて、三角形をしたものが目の前に飛びこんできた。それは間違いなく三葉虫の尾部だった。
私は
「あった!」と思わず大声をあげていた。
すると、すぐに人が集まってきて、いつの間にか私は取り囲まれていた。
「三葉虫か?」
という問いに、私は今見つけた三葉虫を見せると歓声が上がった。先ほどキンショウマンが見つけた三葉虫よりもふた周りも大きかったからだ。私は得意になった。
 ふとキンショウマンが気になって、辺りを見まわすと、キンショウマンは鼠色の石灰岩を大ハンマーで叩いていた。今度はどんな化石を見つけるのか気になったが、三葉虫の入ったこの石をみすみす、私を取り囲んでいる人たちに明け渡すことはない。私は、またシカマイヤの石を料理し始めた。結局、この石からは三葉虫の尾部が3つ、頭部の一部が1つ見つかった。キンショウマンが教えてくれなかったら、こんな成果は得られなかっただろう。キンショウマンさまさまだ。

 
 キンショウマンが戻ってきた。手には一番最初に見つけたナチコプスを抱えている。さすがのキンキョウマンも、あのナチコプスだけは手放すことはできないのだろう。
 コルベットに乗り込むと、ふたたび爆音を鳴らしながらキンショウマンは帰っていった。皆、手を振ってキンションマンを見送っている。私は思わず「キンショウマン、ありがとーぉう!」と叫んでいた。皆もつられて「ありがとう」を連発し始めた。砂埃を巻き上げながら、そして、何度もコルベットの底を擦りながら去って行くキンショウマンを、私たちは見えなくなるまで見送ったのだった。


 それから、私は近翔山へ毎週のように通うようになった。とにかく、キンショウマンのレベルの少しでも近づきたいという思いで、道具もキンショウマンが使っていた大ハンマーや、ESTWINGのピックハンマーも手に入れた。
 キンショウマンが見せた石の見分け方、石の割り方などを思い出しながら、それをマネして採集すると面白いように化石が取れるのだ、大型の巻貝ベレロフォン、珍しいラハ、二枚貝のアルーラ、そして三葉虫...。

 もう私にとっては、この地での化石採集が最大の楽しみとなっていた。そのせいか以前のように、ただ怠惰に過ごしていた日々がウソのように、張り合いのある生活が送れるようになってきた。周囲からも「最近変わったね。」と言われるようになってきた。

 そうしていく内にキンショウマンの正体が気になり始めた。あれ以来キンショウマンは姿を現さなかった。近翔山に通う常連に聞くと、年に1、2回くらいしか姿を現さないようだ。この地に通う常連たちにも正体は分からないという。
 以前、キンショウマンの後をつけた人間がいたようだが、細い路地に入って見事に撒かれてしまったそうだ。どうもキンショウマンは、自分の正体が知れるのを嫌がっているようだ。そう言えば、キンショウマンは一言も口を聞かなかった。


 しばらくして、私は近翔山以外の産地にも出かけるようになった。情報を得るために博物館へ出かけたり、沢山の本を読んで産地を調べたが、情報が古くて思うように採集できないことが多かった。そこで、パソコンを購入しインターネットを駆使して情報を仕入れることにした。すると、インターネットで知り合った人たちから様々な情報が寄せられるようになった。私はその情報をもとに各地へ出かけ(昨年は長期休暇を取って北海道まで行った)様々な化石を採集するようになった。
 そうして、インターネットで知り合った仲間にT氏がいた。彼は私と同い年で近翔山の近くに住んでいて、子供の頃から化石採集をしているという。しばらく近翔山へ行っていなかった私は、久しぶりに出かけたくなった。そこで、早朝近翔山で採集した後、T氏の家に遊びに行くことにした。

 近翔山は、以前より掘り進められ、さらに谷は深くなっていた。しかし、落ちている石を見ると化石は含まれていそうだ。
 集積された石をしばらく見渡した後、私は一つの黒色石灰岩に目をつけた。さっそく大ハンマーで割ってみると大きなツノガイが出てきた。長さ20センチはある。しかし、先端が折れており完璧とは言える標本とは言えない。ただ、大型のツノガイは極めてレアなので愛好家には珍重されるものだ。私はこれはT氏の土産になるだろうと、車に積みこんだ。その後あまり芳しくなかったこともあり、早々引き上げT氏の自宅へ向かった。


 T氏の家は、近翔山のふもとの町にある石材店だという。しかし、町には石材店がひしめき合っており、その上路地が狭いので彼の家を探し出せなかった。付近を歩いていた人に尋ねてようやくたどり着くことができた。
 玄関には石材が所狭しと並べられている。しかし、一番奥まったところにある棚の上には、北海道産らしい大型のアンモナイトがデーン据えられているあたりは、ここが化石を趣味としている家であることが伺える。

 T氏は、さわやかな青年というのが第一印象だった。私よりずっと若く見える。お茶とケーキをご馳走になりながら、早速彼と化石談義が始まった。
 彼の家は祖父の代から石材を商っており、今は父親が店を運営しているそうだ。その関係で近翔山に入る機会が多く、化石も祖父から始まり彼の代まで継承された趣味なのだそうだ。T氏は小学生の時から父親に連れられて化石採集をしており、今は高校で数学の教師をしながら化石の研究をしているそうだ。

 彼のコレクションを見せてもらうことになった。彼のコレクションルームは蔵の中にあった。中に入ると最初は暗くて目が慣れるまで良く見えなかった。天井にぶらさがっている裸電球を付けてもらうと、その数に私は息を呑んだ。そこには、ものすごい数の化石が整然と並んでいたのだ。
 その一つ一つを見て私は再び体に電気が走った。そのどれもが一級品なのだ。近翔山が中心だが、それ以外にも北海道産のアンモナイトや各地の三葉虫などがかなり含まれていた。私はそれらを見るたびに、声をあげていた。こんなコレクションは博物館でも見たことがない!
 T氏の説明によると、近翔山のものは、ほとんどが父親の代までのコレクションで、それ以外の産地は彼が全国を周って集めた標本だそうだ。彼自信は今は近翔山には行かないそうだ。もう、欲しいものがないというのが理由らしい。そんな彼に先ほど土産用に採ったツノガイを差し出しても喜ばれないだろう。私は、ちょっと恥かしくなった。


 ふと気がつくと、初老の男性がニコニコしながら蔵の入り口に立っている。T氏の父親だった。
私は頭をペコリと下げると、父親は蔵の中に入ってきた。
「いやー、化石は引退したんですけどねーぇ」

と言いながら、自分が採集した化石を説明し始めた。バトロマリアという非常に珍しい巻貝を採集した時の話、近翔山で初めて発見したという三葉虫の化石の話、アメリカから来た高名な古生物学者を近翔山に案内したことなど...。私は矢継ぎ早に話す、彼の父親の話に少し戸惑いを覚えたが、どの話も興味深い内容だった。そのうち、近翔山での化石の採集法の話になった。父親は、私の知らない石の見分け方を惜しげもなく教えてくれた。
「腐食した石灰岩には、分離する貝類が出る」
「緻密な石灰岩は、酸で溶かすと良い」
「風化した石灰岩に挟まれる砂には、分離した小型の貝類が入っている」
 私は、それらを頭の中に叩きこんだ。しかし、引退したという彼の採集法は今でも通用するのだろうか?
「でも、最近はあなたがお持ちのような化石は採集できないでしょう?」
私は、少し遠まわしに言ってみた。
すると、父親は少し微笑んで

「ちょっと待っていてください」
と蔵から出ていくと、一つの化石を抱えて帰ってきた。
それは、巨大なナチコプスだった。
「これは最近見つかったものですよ!」
父親はそう言って、そのナチコプスを私に手渡した。私はナチコプスを嘗め回すように眺めた。大きさも大きいが、保存も完璧だった。殻頂まできれいに残っている。ただ、唯一の難は惜しいのは殻口の一部にヒビが入っている...?
  私はこのキズには覚えがあった。きれいにクリーニングされているが、そう、あのキンショウマンが見つけたナチコプスだったのだ。私は思わず聞いていた。
「この標本はどうしたのですか?」
「い、いや、こ、これは同業者からもらって...」
 私は、父親の額から汗がひとしずく流れ出るのを見逃さなかった。そう言えば、先ほどまで気がつかなかったが、体形がキンショウマンに似ている。小柄で少し出っ張ったお腹、盛り上がった腕の筋肉...。
「ひょっとして、あなたがキン...」
そう言いかけたとき、私の言葉をさえぎるように父親は
「そう言えばこの2階にもお見せすべき標本があります。」
とスタスタと蔵の階段を上っていってしまった。
 2階にある標本も素晴らしいものだった。結局私はそれらを夢中になって眺め、その後半ば呆然として蔵の外に出た。
 ふと、見ると蔵の裏手には大きなガレージがあった。シャッターが下りているが、おそらくあの中には真っ赤なコルベットが収まっているのだろう。しかし、私はキンショウマンのことなど、どうでも良くなってきた。彼らのコレクションに負けないような化石を採集したい。その時は、私の頭の中に浮かぶことは、それだけだった。

 以来、キンショウマンが近翔山に現れたという話は、全く聞かなくなった。キンショウマンは私に正体がばれた事で、恥かしくなってしまったのだろうか?私はキンショウマンの正体を誰かに話すことは絶対しないつもりだ。
 だからお願いだ、キンショウマン。その勇姿を再び私たちに見せてくれ!そして、もう一度あの華麗な技を私たちに伝授してくれー!



この物語は全てフィクションであり、文中に登場する人物、地名、団体は実在するものとはとは一切関係ありません。また、画像はイメージであり内容とは何ら関係のないものです。


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