手取層群御手洗層から産出した
アンモナイトとその時代について


はじめに

 岐阜県大野郡荘川村に分布する手取層群御手洗層は、産出したアンモナイト(リロエティア)によりジュラ紀中期カロビアン期とされてきました。(Sato and Kanie, 1963)
 その後、別種のアンモナイトの産出が知られていたものの、その後何ら検討がなされないまま、今日に至っていました。
 しかし、最近東海化石研究会が会員の収集した御手洗層産のアンモナイトを集め、ジュラ紀のアンモナイトをご専門とされている佐藤正先生が鑑定をされたところ、ジュラ紀後期チトニアン期から白亜紀前期ベリアシアン期を特徴付けるベリアセラ科のアンモナイトが含まれていることが判明しました。つまり御手洗層は従来考えられていた時代より、少なくとも約1,000万年以上若い時代であったことが分かったのです。この研究成果は瑞浪市化石博物館研究報告に掲載されました。(佐藤、蜂矢、水野, 2003)


御手洗層産出のアンモナイト

今回の調査で判明したアンモナイトは4種ありました。

Family phylloceratidae フィロセラス科
Partschiceras cf. otekense Stevens
パルチセラス・オテケンセに比較される種


Partschiceras cf. otekense Stevens Suture Line, Partschiceras cf. otekense Stevens
Fig.1(豊橋市自然史博物館所蔵) Fig.2 (瑞浪市化石博物館所蔵)

 このアンモナイトは、以前はリロエティア(Lilloettia sp.)として報告され、御手洗層がカロビアン期である証拠とされてきました。しかし、その後Sato & Westermann (1991)によって、その外見からアラスカから産出するフィロセラス科のアンモナイト Megaphylloceras(後にMacrophyllocerasに訂正) grossicostatum Imlay として同定し直されました。ただ、この時点ではフィロセラス科の同定に必要な縫合線が観察できる標本ありませんでした。そうした中、今回の調査によりこれと同じアンモナイトにフィロセラス型縫合線が残された標本(Fig.2)が発見されました。そこで、佐藤正先生の再鑑定が行なわれ、このアンモナイトはパルチセラス属の仲間であることが判明しました。パルチセラス属は、ジュラ紀前期〜白亜紀前期と非常に長い間生存期間であるため、時代決定には有効ではありません。したがって、御手洗層がカロビアン期である証拠はこれにより否定されたことになります。

Family Lytoceratidae リトセラス科
Litoceras (s.s) sp.
リトセラス属未定種

Litoceras (s.s) sp.
Fig.3 (瑞浪市化石博物館所蔵)

 これは、今回の調査では1個体しか見つかっていません(Fig.3)。リトセラス属のアンモナイトも生存期間が長いため、時代を決定する示準化石にはなりません。

Family Berriasellidae ベリアセラ科
Delphinella cf. obtusenodosa (Retouski)
デルフィネラ・オブツセノドーサに比較される種

Delphinella cf. Obtusenodosa (Retouski)
Fig.4 (瑞浪市化石博物館所蔵)

 このアンモナイトが御手洗層の時代の特定に有効となりました。デルフィネラはベリアセラ科に属し、ジュラ紀後期チトニアン期から白亜紀前期ベリアシアン期の間のみに生息していたアンモナイトの仲間です。このアンモナイトの肋は成長と共に変化します。幼殻の肋は直線的ですが、やがて分岐するようになり、成熟すると肋はほとんど消失してしまいます。(Fig.4 は、成熟した標本ではないので、肋の消失は観察できません)ちなみにデルフィネラ属は今回が国内初の報告となります。


Berriasella sp.
ベリアセラ属の1種

Fig.5 (東海化石研究会「化石の友」No.50
表紙より転載、バー1cm 瑞浪市化石博物館所蔵)

デルフィネラと同じくベリアセラ科のアンモナイトですが、2個体しか得られていないため種の同定には至りませんでした。


今回の調査の意義と課題

 今回のアンモナイト類の発見による最も大きな意義は御手洗層の時代がジュラ紀中期カロビアン期(164 Ma-161 Ma <Ma=百万年前>)から、ジュラ紀最後期チトニアン期〜白亜紀最前期ベリアシアン期(150 Ma-140 Ma)に書き換えられたことです。この結果は、御手洗層の2層上位にある大黒谷層の凝灰岩中ジルコンのフィッション・トラック年代測定による135±7 Maという数値とは、非常に整合性が高いものであると言えます。(Gifu-ken Dinosaur Research Committee. 1993)
 また、牧戸(庄川)地域の手取層群は御手洗層を挟んで連続的堆積が確認されているために、ジュラ紀、白亜紀境界が御手洗層を含む上下のいずれかの地層に存在することを意味します。
 以下は私見となりますが、従来御手洗層は福井県の九頭竜地区の九頭竜亜層群(ジュラ紀中期バトニアン期−ジュラ紀後期オックスフォーディアン期)と対比され、その中に区分されてきました。しかしながら、今回の調査結果により、御手洗層は比較されてきた九頭竜亜層群とは時間的な隔たりが大きいという点、そして、近年九頭竜地区の石徹白亜層群中に御手洗層より産出するInoceramus maedaeに比較されるイノセラムス類を含む海成層が発見されたという点(FUJITA , 2002)、などから御手洗層は石徹白亜層群に含める方が自然ではないかと思われます。
 今後は、御手洗層において、より時代を絞り込める新たなアンモナイトの発見が期待されます。特に今回報告されたBerriasella sp.の追加標本が得られることがカギとなるかもしれません。まだまだ御手洗層の探索の余地があります。


おわりに

 今回の研究では、私の所有する標本が何点か使用されました。御手洗層における重要な論文作成の一助となれたことは、大変光栄なことだと思っております。
 なお、研究に使用された標本はこの論文の傍証となるよう瑞浪市化石博物館全て寄贈をいたしました。
 また、御手洗層産のアンモナイトを所有されている方がいらっしゃいましたら、ぜひ私までご一報いただきたいと思います。新たな発見の糸口になるかもしれませんので、なにとぞよろしくお願いいたします。


文献

佐藤正、蜂矢喜一郎、水野吉昭(2003) 岐阜県荘川村の手取層群から産出したジュラ紀末期−白亜紀初期アンモナイト。瑞浪市化石博物館研究報告、No.30: 151-167。

Sato.T, and Y. kanie (1963) Lillloetia sp. (Ammonite Calloviennne) de Mitarasi au Bassin de Teroti. Transactions and Proceedings of the Palaeontological Society of Japan.New series, 49: 8.

Sato,T. and Westermann, G.E.G.(1991), Japan and South-East Asia. In Wesermann, G.E.G. & Ricardi, A. C.(eds.), Jurassic Taxsa Ranges and Correlation Charts for the Circum-Pacific, no4. Newsletter on Startigr., 24, 81-108.

蜂矢喜一郎、矢野一生(2004)手取層群御手洗層からみつかったジュラ紀最後期(チトニアン期)〜白亜紀最前期(ベリアシアン期)のアンモナイト。化石の友、No.50: 25-32。

Masato FUJITA
(2002) A new contribution to the stratigraphy of the Tetori Group, adjacent to Lake Kuzuryu, Fukui Prefecture, Central Japan, 福井県立恐竜博物館紀要、No.1: 41-53

Masato FUJITA (2003) Geological age and correlation of the vertebrate-bearing horizons in the Tetori Group, 福井県立恐竜博物館紀要、No.2: 3-14

Gifu-ken Dinosaur Research Committee(1993) Report on the dinosaur fossil excavation in Gifu Prefecture, Japan. Gifu Prefectural Museum, Gifu: 46.

Remane, J., Cita, M. B., Dercourt, J., Bouysse, P., Repetto, F. & Faure-Muret, A., (eds.) 2003: International Stratigraphic Chart.International Union of Geological Sciences: International Commission on Stratigraphy, Paris, 2003


追記 2008年7月11日

岐阜市長良にある浅見化石会館に所蔵されていた御手洗層のアンモナイトが、白亜紀前期ベリアシアンを示す
Neocosmoceras
sp. (cf. N. hunevciense, Nikolov)
であることが分かり、報告されました。
これにより、御手洗層の時代は確定したと言っていいと思います。


佐藤正、浅見照子、蜂矢喜一郎、水野吉昭(2008) 岐阜県庄川上流御手洗層からベリアシアン(白亜紀前期)アンモナイトNeocosmoceras の発見。瑞浪市化石博物館研究報告、No.34: 77-80。PDFファイル



このウインドウを閉じる