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1章6−11節 イエスの昇天
6節の最初の「さて」という言葉によって、ルカは、福音書の最後(24章50−52節)で述べたイエスの昇天の出来事の意味を、弟子たちの使徒としての証人の役割と関連づけて、聖霊降臨から終末に至る歴史の中で述べようとします。イエスの昇天によって、目に見えるイエスの出来事は終りますが、その出来事が聖霊降臨から終末まで継続することを強調するのです。
それは、初めの「使徒たちは集まって」という言葉に見られるように、「使徒の集まり」(つまり、教会)が、その証人としての働きを行うことの強調であると同時に、旧約聖書から続いている「神の国とメシア」の待望に新しい事態が起こったことを意味するものです。「使徒の集まり」は、「新しい時」の始まりであることを告げるものです。
使徒たちの「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」という問いは、「王(メシア)としてイスラエルを支配する(導く)のは、この時ですか」という意味でもあり、メシア待望(救いの実現)への人々の一般的期待を表したものですし、また、多くの人々がイエスに期待した事柄でもありますが、これに対して、「時や時期は神が定められることである」と明言します。
「時や時期」と訳されているギリシャ語は「クロノスとカイロス」で、「クロノス」は時間的な流れの中での「時」を意味し、「カイロス」は、「この時」という「瞬間」を表す言葉で、簡単に言えば、「チャンス」という意味をもつ言葉です。そして、それらは「神が定められるものであるから、それを推し量って生きるのではなく、イエス・キリストによってもたらされた救い(神の国の実現)の証人として生きるべきだ」と語り、「あなたがた(教会)」の歴史における役割を明瞭にします。このことは、また、11節の「なぜ、天を見上げて立っているのか」という言葉にも表れています。
ここにはもちろん、終末の遅延の問題(終末があたかもすぐに来るように思っていた人々があった)とローマ軍によってエルサレムが崩壊した紀元後70年のユダヤ戦争という歴史的な背景がありますし、聖霊降臨から終末にいたるまでを「教会の時」として普遍化したルカの神学思想があります。
さらに、この歴史における救いの証人としての「教会の時」を生きる人々の力は、「聖霊」によって与えられる(8節)と語り、いずれも、すべてのことが「神の働き」によって起こることが明記されています。「教会の時」は、その始まりも、その働きも、全面的に「神の働き」の中に置かれているのです。このことは、教会についても、また、キリスト者の生涯についても重要な意味をもっているように思われます。
8節後半の「エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」は、福音書の24章47節以下に対応するもので、「地の果てに至るまで」という言葉によって、パウロによって始められた「異邦人伝道」を意識したものでしょう。
そして、ルカは、「イエスの再臨」を語ります(11節)。「白い服を着た二人の人」は「天使」を意味するものでしょうが、「天使」は、後期ユダヤ教で「神の使徒」として理解されてきたものです。この「白い服を着た二人の人」は、福音書24章4節の「イエスの復活の出来事」の時に登場しています。「二人」であるのは、その証言が確かであることを意味するものです。
さらに、イエスの再臨の姿について、「あなたがたが見たのと同じ有様」と記します。それは、福音書24章50節の「祝福しながら天に上げられるイエス」の姿であり、イエスの再臨が「祝福」であることを語るものです。これによって、聖霊降臨によって始まる「教会の時」は、「祝福から祝福にいたる時」であると言えます。そして、「あなたがた=使徒たち=教会)は、その祝福と救いの証人として歴史の中で存在するということが、イエスの昇天によってもたらされたことを告げるものです。
1章12−14節 イエスの昇天後の人々の姿
イエスの昇天後、初期の人々がどのようにしたかについて、12節以下で述べられます。イスカリオテのユダを除いた11人の使徒(イエスの弟子)たちは、エルサレムで、「婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた」(14節)と記します。
12節で「オリーブ畑(山)」(エルサレムの東キドロン(ケデロン)の谷にまたがる尾根)から戻ってきたという記述で、イエスの昇天の出来事が「オリーブ山」付近であったことが示唆されています。福音書の方は「ベタニアの近く」になっています。地理的には、「オリーブ山」と「ベタニア」は少し距離があり、ルカがあまりエルサレム近郊の地理に詳しくなかったのだろうと思われます。今日では、「オリーブ山」に「イエスの昇天」を記念するモニュメントが建っています。
また、「安息日に歩くことが許される距離」という記述は、実際の距離を表すよりも、この出来事が安息日に起こったものであることを示唆するためのものだろうと思われます。そして、使徒たちが熱心に祈っていたのも、安息日の出来事であると暗示するものでしょう。14節の「皆、・・・心を合わせて熱心に祈っていた」は「皆、・・・祈りのための特別な場所に集まった」とも訳されます。
13節の「泊まっていた家の上の部屋」や「特別な場所」というので、おそらく、ルカは「イエスとの最後の晩餐」が行われていた場所を想定しているのではないかと思いますが、実際にはそれがどこはわかりません(エルサレムには、その部屋が保存されてはいますが)。
要するに、イエスの弟子たちは、イエスの昇天後、一つに集まり、そこで礼拝をしていたというのです。また、この場所の記述によって、聖餐も礼拝の中で行われていたと示唆するものでしょう。そして、それがキリスト教会の原形になっていきます。もちろん、それは後の教会の姿から遡及して語られたものではあります。
1章15−20節 イスカリオテのユダについて
イスカリオテのユダは、イエスの弟子のひとりとして、弟子集団の中でも中心的な役割を果たしていたと思われますが、ユダヤの指導者層と取引をし、銀貨30枚でイエスを裏切ったといわれます。この記述は『マタイによる福音書』26章14−16節と27章3−10節にありますが、マタイでは、銀貨30枚は神殿に投げ返して、首をつって死に、「地の畑(陶器職人の畑)」を買ったのは祭司たちとなっていますが、『使徒言行録』では、ユダが土地を買い、そこに「まっさかさまに落ちて」(18節)死んだことになっています。
実際のユダの死について、マタイとルカでは詳細が異なっていますが、イエスを裏切ったイスカリオテのユダが死にいたったことは事実でしょう。
『使徒言行録』は、このイスカリオテのユダについてペトロが話したと記述されています(15節)が、それは、ペトロが、最初の頃から弟子集団の指導的役割を果たしていたことを示すものでしょう。そして、イスカリオテのユダについて、16節で「聖霊がダビデの口を通して預言しています。この聖書の言葉は、実現しなければならなかったのです。」と述べ、『詩篇』69編26節と109編8節の言葉を引用していますが、イスカリオテのユダのことも神の救いの計画の中にあった出来事であるという理解を示します。
ユダの悲劇も「神の救い」の中にあるというこの理解は、おそらく、初代の教会の中での共通の理解だったでしょう。そして、こういう「信仰による理解」は、極めて重要なものとなっていきます。それは、イエスの十字架を神の救いの出来事とするキリスト教信仰の基本に繋がるからです。「救い」は、決して単純なご利益ではないからです。
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