カルカッタの名称が変わります −カルカッタからコルカタへ− 

(8月5日更新) 

 

 1999年7月20日、西ベンガル州議会は、長年親しまれてきた州都の名称を、「カルカッタ」から「コルカタ」へ、州名を「西ベンガル州」から「バングラ州」へと変更する議案を採決しました。ただし、正式な名称変更には、引き続き中央政府の手続きなどが必要なため、なお時間が掛かる見こみです。これによって、英語表記では、Calcutta から Kolkata へ、West Bengal から Bangla へと変更されることになります。インドの4大都市のうちでは、ムンバイ(ボンベイ)とチェンナイ(マドラス)につづき、カルカッタもまた、植民地統治期の英語名称から、地域の公用語に地名を変更することになります。これによって、「イギリス植民地統治の痕跡が一掃されるであろう」と、州政府の文部大臣ブットデブ・バッタチャルヤ氏は述べています。

 日本語では、カルカッタが詰まってコルカタとなるだけであまり大きな違いがないようですが、英語表記では、 従来の Calcutta からベンガル語のコルカタをローマ字表記した Kolkata へと変わるので、コンピューター検索などのアルファベット検索では、将来的には大きな混乱が予想されます。気の早いヤフーなどのインターネットの検索エンジンは、早々と Kolkata の表記に変更してしまったため、すでに Calcutta では検索できないページも出ています。

 カルカッタの歴史は、イギリス東インド会社が南ベンガルの沼沢地に商館を築くことによって始まり、300年間以上の歴史を誇っています。この、カルカッタの地名の起源については、南カルカッタの女神の聖地、「カーリーガート」の名に由来するという俗説が知られています。しかし、その詳しい歴史的考証に基づいた、確立した定説と言うものはないようです。詳しくは、このサイトの「カルカッタ案内」のページで紹介しているP.T.ナイルの文語・口語の折衷説などが知られていますのでそちらを参照してください。ともかく、カルカッタの歴史を振り返ってみると、その歩みはイギリス東インド会社の歴史とともにカルカッタの町が形成され、植民地統治の過程の中で、アジアでも有数の大都市カルカッタへと成長を遂げてきたことが分かります。カルカッタの人々は、イギリス人のもたらした洗練された都市文化と、古い伝統を受け継いだベンガルの土着的文化の混交した、独特の都市文化を生み出してきました。カルカッタの歴史自体が、インド社会とヨーロッパ社会の交流の歩みそのものともいえるでしょう。そのため、英語で呼ばれているカルカッタの名称が、必ずしも単なる外来の言葉で、コルカタということばが唯一のオリジナルな地名だと言うこともできないかもしれません。そのような意味でも、長年親しまれてきたカルカッタの名称が変更されてしまうことに、一抹の寂しさを感じる人も多いかも知れません。州議会での満場一致の採決にも関わらず、一部の新聞の世論調査では、カルカッタ市民の52%は、この名称変更に反対を表明しているという結果も出ています。

 しかし、これまでも、車のナンバー・プレートや駅名の表記を、英語からベンガル語に変更する動きが見られました。このカルカッタの名称変更によって、さらにカルカッタ市の多くの街路名についても、純粋なベンガル語名に変更するべきだという声が高まっています。カルカッタには、今なお「シェークスピア通り」や、「セントラル・アヴェニュー」といった植民地統治時代に作られた沢山の通りが、英語名で親しまれています。

 ところで、私が、西ベンガル州のボルドマン県の片田舎で暮らしていたときには、巨大なカルカッタの喧騒とはまったくの別世界が、そこに広がっていることに驚かされました。まだ電気も十分になく、昔ながらの生活を続けている村人にとっては、カルカッタに出かけると言うのは、ちょうど私達が外国に出かける時のように、大変な出来事だったりします。そういう村人が、くり返し憧れとともに口にしていたカルカッタの呼び名は、ベンガル語の「コルカタ」という言葉でした。英語を使わないベンガルの村人は、もっぱらこのベンガル語のコルカタという呼び名を使っていて、私が時にカルカッタと英語読みの発音をしていも、どこの地名だか分からないことも多いくらいでした。そういう意味では、ベンガルの田舎暮らしの人々にも、この名称変更によって、遠い世界だったカルカッタが、ずっと身近なものとなるのかもしれません。

 カルカッタの名称が変わることで、のんびりした村人の生活も、衛星テレビや都会のファッションといっためまぐるしく変化する都市文化の影響とも、無関係ではいられなくなるかもしれません。そのことの好し悪しは別として、この名称変更は、90年代に入って様々な領域に広がった、ベンガルの人々の意識の変化を、象徴する出来事のようでもあります。