紅い月の伝説
赤い月が昇る。
真夜中の青い空が迎えるは臥待月。
欠け初めの月は、赤みを帯びた光で下界を照らす。深更まで月光がなく闇に閉ざされるこの時期は、暗部の任務にとって都合がいい。馴染みの顔を見上げる頃には、仕事は片づいている、というわけだ。
国境近くの深い森の中。
登りはじめた月光に照らし出されたのは、ちょうどそんな光景だった。
累々と倒れ伏す異国の忍。
最後の一人を振り払うように白銀の光が弧を描く。音もなく崩れ落ちるその様は、歴然たる力の差を表していた。血飛沫も悲鳴すらもないその陰惨な光景の主は、青年というにはまだ線の細い印象のある一人の忍。
腕を剥き出しにした白のベストには染み一つ無い。二の腕を半ばまで覆う長い手袋と、手首から肘までを隠す薄い鋼の防具。左肩に彫られた紋様は陰木の葉の印だ。
何より特徴的なのは、緋色の紐で結わえられた白い面。
獣を象ったそれは、暗部の印だった。
暗部────暗殺戦術特殊部隊。
刃に滴る血のぬめりを振るい落としながら見上げた空に、変わらず登る月を見つけて、その暗部の青年は白い獣面の下で目を細めた。その刃紋に月を映す刃は、柄の半ばまでをも朱に染めている。よもや握りが血に滑ることはないだろうが、最初は純白だったはずのそれがどす黒いような朱に染まったのを見れば苦笑が漏れた。
白い暗部面、白い暗部装束に合わせて白柄白鞘に誂えられた忍び刀。柄には黒の鞣し革、その上から白の絹糸で丹念に編み上げた平組紐を菱形に巻く。鍔のないそれは正しく攻撃のみを考えて実戦用に鍛えられた極上の鋼だ。
銘を持たぬが習いの暗部刀。
名無し、顔無し、人で無し。
それは何も暗部に属する忍に限らず、関わる物全てがそうだと言える。
刀一つとっても垂涎の業物ばかり、けれどもひとつとして銘の刻まれるものはなく。
─────その中にただ一振り、名を持つものがあるという。
宵藍の闇空に、深紅の弧を描くその刀を、『紅月』。
─────鬼神の如くそれを振るう狐面の忍を。
『写輪眼のカカシ』という。