また あした

 肌に触れる空気がひやりと冷たくなり、息が白く色づき始める。
 陽の落ちるのが早くなった、と俺は残光に目を眇めた。眩い金色の光は辺りを赤く染め、藍色に深く沈み始めた空を引き留めている。
 「…寒くなりましたね。」
 俺、寒いのってどうも苦手で、と帰り道で一緒になった傍らの青年が、鼻の頭を擦りながら首を竦めた。
 「そうですか?」
 そうは見えませんよ、と首を傾げてみせると、俺、寒がりなんですよ、とイルカ先生が笑った。どちらかと言えば元から体温が高いせいか、少しの寒さでもすぐ冷えてしまうのだという。そんなもんですかね、と俺は自分を振り返った。幼い頃からの任務続きのせいか、寒いの暑いのといったことには無頓着な方だと思う。敢えて言えばあまり冷えすぎるのはいただけないと言ったところか。
 そう言うと、イルカ先生は苦笑した。
 「そういうんじゃなくて、そりゃ俺だって任務ならスキとかキライとか、言いませんけど。」
 何か小さくなっちゃうっていうかね、寒い寒いって気持ちまで縮むような気がして嫌なんですよね。
 「…ふうん。」
 小さく相槌を打つ。気持ちが縮む、ってのは面白い言い方ですね、と返しながら見やると、確かに冷えやすいと言うだけあって、彼の頬や指先はほんの少し白く透き通ったような薄い赤みを帯び始めていた。きっともう少ししたら、じんじんと痛み始めるのだろう。
 何かしてあげられるコトがあればいいのに、と俺はぼんやり思った。
 目線を落とすと、背を押す夕日はもうじき山の向こう側に沈んでいくのだろう、2つ並んで長く伸びた影はほとんど闇に沈むように黒々と伸びている。 そうっと手を握りしめると、影だけが動いて指先を捉えた。こんな風に手を取ってあげたら、寒いのはキライじゃなくなるだろうか。そんなコトを考えて、小さく笑う。
 「何ですか、カカシ先生?」
 「…いいえ、何でも。」
 そんな想像をしていたところを覗き込まれて、思わずひょい、と身を引くと、首元に巻いていたマフラーの端がふわりと動いた。
 ─────寒くなってきたから、と出したばかりの。
 「…イルカ先生、コレしてくださいよ。」
 俺あんまり寒くないし、と引っ張ると、生臙脂で染めた濃い赤の布がしゅるり、と引かれて落ちる。触り心地も悪くない。これならあったかいよ、と言うと、イルカ先生が慌てて首を振った。
 「いいですよ、それほどじゃないです。」
 「使ってくれたら嬉しいなぁ。」
 ホントは俺が温めてあげたいんだけど、なんて言えそうにないから。だって考えただけで暑くなったような気がする。頬だって赤く熱を持ったように上気してる、たったこれだけで。
 きっとアナタが思うよりもきっと、俺はアナタを大事に思ってるから。
 してあげられることがあるなら、何でもしてあげようと思う。
 何をするワケじゃなくても、こんなに愛おしい時間をくれる。他愛のないやり取りも、何気ない仕草も全部。
 アナタらしいと思うだけで、それだけでどんどんスキになる。
 こんな平凡な「当たり前」のことを、ずっと大事にできたらいいなぁ、と俺は目を細めた。ね?と半ば無理矢理に巻き付けると、ほんの少し困ったように、それから嬉しそうに笑って頬を掻いた。
 「…ありがとうございます、カカシ先生。」
 あったかいです。
 「…良かった。」
 ほうっと息を吐く。ちょっと強引だったかな、なんて、ほんのこれだけのことでも俺は随分臆病だ。俺はコレがあるから、と口布をちょっと引いてみせると、イルカ先生は「でもカカシ先生もちょっと赤いです」と笑った。
 別にそれは寒いからじゃないんだけど、と苦笑して布を戻し、片手を振っていつものセリフを返す。
 「じゃあまた明日、イルカ先生。」
 「ええ…また、明日。」
 いつの間にか差し掛かっていた分かれ道で、当たり前のように交わす言葉。
 
 
 今はまだ、言えそうにないけど。
 「ずっと一緒にいれたらイイネ」
 ほんとのほんとは、そんな気持ち。
 
 
────────また あした。