第4話 〜持ち物検査は適切に〜



 大きめのボストンバッグひとつ、小さめのショルダーバッグひとつ。
 「んー、こんなもんか?」
 ひょい、と持ち上げてみたオラトリオが、首を傾げる。
 「あんまり重いとなぁ、後でキツくなるしなぁ…」
 「オラトリオ♪」
 開け放してあったドアから、ひょいと小さい顔がふたつ覗いた。
 「もう用意終わったの?」
 「オーラクールくーん、遊びましょーぉ♪」
 今日のシグナルは小さい方らしい。さっきから二人で部屋の様子を窺っていたのだが、一段落付いたと見て声を掛けてきたのだろう。
 「やあ、信彦、小さいシグナル。」
 「おー、何とかな。」
 ちょろちょろっと駆け寄ってきたちびを抱き上げて、オラクルがふわりと微笑みかけた。 「今日は何をして遊んでいたんだい?」
 「えーとですね、信彦とお買い物に行ってました!」
 嬉しそうにちびが胸を張る。ちびの足では往復で1時間ほどもかかる道のりだが、道理で午前中は静かだったな、とオラトリオが相槌を打った。
 「オラクルに頼まれたモノも買ってきたよ?」
 持ってこようか?と信彦が言うと、「僕が取ってきます♪」と言って、ちびがオラクルの膝の上からぴょんっと飛び降りる。ちょっと待っててくださーい、とちまちま走っていくのを見送りながら、オラトリオは首を傾げた。
 「…何だ?」
 「うん?」
 旅行にいるものとか、とオラクルが言っているうちに、がさがさとスーパーのビニール袋を引きずってちびが帰ってくる。
 「はい、これですオラクル君!」
 ちゃんと300円です!
 消費税も入ってます、と得意げなちびから嬉しそうに袋を受け取ったオラクルが、「すごいねちび、お買い物が上手なんだね」と褒めるのを眺めつつ。
 「…なー、信彦。」
 「何、オラトリオ?」
 「アレってオヤツなワケか、やっぱり。」
 「うん、そう。」
 やれやれ、と肩を竦めたオラトリオを見上げて、バナナは入ってないよ、と信彦がくすくす笑った。 
 「遠足とは違うんだぞ?」
 「いいじゃん、楽しいんだもん♪」
 用意し終わったのにまた出したりしまったりとかしてさ、と信彦が言う。
 「…そんなもんかねぇ?」
 「えー、楽しくない?」
 俺、結構旅行の前の日とか好きだよ、と少年がバッグの口を覗きながら言った。
 「忘れ物ないかなーとか、何度も何度も見るんだよね。」
 「しおりとか確かめて、か?」
 そういや、早く寝ろって言われてたなぁ、と思い出して言うと、「そうそう♪」と信彦が楽しそうに声を上げる。
 「そーいうのも旅行の楽しみなんだから、いいんだよ?」
 食べられなくてもきっとさ、と言う二人の前で、買ってきたオヤツを広げている二人はなるほど楽しげだ。
 「…そんなもんか?」
 「そんなもんだよ♪」
 それにしたってなぁ、とオラトリオは苦笑する。オラクル用に用意したショルダーバッグの中身は、ほとんどそんな類のものしか入っていない。お前らの入れ知恵とは思ってたけどな、と小突くと、いいじゃん別にー、と唇を尖らせる。
 「せっかくなんだから、目一杯楽しんだっていいだろー?」
 「…それがね、俺抜きってのが気に食わねぇの!」
 隠れてこそこそやってたろっ?と首根っこを押さえ込むオラトリオに、「あれ、バレてた?」と信彦が笑って、降参降参、と抱え込む腕を叩いて笑った。
 「ったく、それでコレだもんなぁ…」
 いいけどよ別に、とオラトリオも笑う。
 本当に他愛のない、旅行用品とも言えないモノばかりなのだけれど。
 
 たとえば、カードゲームとか。
 酔い止めの薬とか。
 ちょっとしたオヤツの類とか。
 何だかよく分からないけど、黄色いアヒルちゃんとか(笑)
 
 そんな、ほんのちょっとしたものだけど、一緒にどきどきできたらきっと楽しいのに。
 
 「…俺もさ、ちょっとはそう思ったけどさ。」
 信彦がほんのちょっとすまなそうに鼻の頭を掻いた。
 「けど?」
 「オラトリオだって母さんと何かこそこそやってたじゃん?」
 だから、俺達もちょっとくらい秘密があったっていいかなって、そう思ったんだよ。
 「あー…アレ、ね。」
 男はくしゃりと髪をかき混ぜながら苦笑する。確かに内緒で何かをやっていた、と言うなら自分の方が先だった。
 「ま、そういうコトならしょうがねぇか。」
 「オラトリオは何の用意してたの?」
 興味津々、という字面が浮かんだような表情で信彦が覗き込む先では。
 「ナイショ♪」
 にやりと口の端を歪めた、それはそれは楽しそうな男の貌があったりなんかして。
 
 
 ────────お楽しみと言えばまあそうなのかも知れないが。
 
 
 果たしてカバンの中身を覗かせてもらったとして、信彦に理解できたかは謎である。
 『…どっちかって言うと、浴衣は脱がす方が楽しみなんですけどね♪』  
 『せっかく作ったのにー…ちゃんと着てね?』
 『勿論ですよみのるさん、脱がせるのはたっぷり堪能した後です!』
 
 そーいうもんでもないと思うのだが。
 
 
 まあとにかく、準備万端整った、の、かも知れない。
  
 
 
 …何か大事なモノを忘れているような気もしつつ。
 出発の日は近づいているのだった。