| 血の王冠 電脳の剣 |
オフホワイト、アイボリー、ベージュ。
広げられた布地は穏やかな淡い色ばかりだが、ほんの少し金属的な光沢を浮かせている。見る角度によって多少色合いが異なって見えるのはそのせいだろう。アトランダム内にある科学材料開発研究所から届けられたサンプルを眺めながら、音井教授は添付されていた組成データを確認する。
HFRのアタッチメント───とりわけ、自分たちが便宜的に『スーツ』と呼ぶ類の───は、人間と同じ布地を使って作られているわけではない。耐久性や断熱性に優れた素材でなければ、HFRの運動量や廃熱量に絶えることができないからである。繊細に紡ぎ上げた金属糸で丹念に織り上げたものもあれば、特殊なコーティングが施されたものもあり、それぞれの機体の特性に合わせて開発されたそれらは、人間で言えば一流ブランドの一点ものよりも稀少であると言えるだろう。
「…さて、こんなものかの。」
実際に確認した繊維の、幾つかのデータを入力してやると、3Dの画像が立ち上がった。ぼんやりと透けるようなラインしかなかったそれがゆっくりと色を濃くして質感を増す。 最初に深紅の炎が燃え立つように、そして穏やかな淡い雪がそれをふわりと包み込むように。ほんのりとベージュを宿したように見えるその白いコートが足元までをたっぷりと覆い隠して、CGは完成した。
最新作────A‐O〈ORATORIO〉。
特殊な職務を負うはずの我が子の姿を、音井教授はじっくりと検分する。機体そのものは無論のこと、身に纏う物も手にした杖も全て、作ってからやり直し、ということが簡単にできるわけではない。開発に与えられた資金は非常に潤沢だが無限ではなく、期間はより有限だ。何より彼が生まれるのを、一日千秋の想いで待つ者がいる。
だからこそ、完璧を期したいということもあるのだが。
HFRとしての完成度は元より、その身につける物一切に至るまで。詳細に吟味した最高の物を与えてやりたいと思う────それがせめても、この世に送り出す前に自分の出来ることだから。
《ORACLE》は特殊なネットワークだ。それを守るために必要とされた彼は、電脳と現実の双方で生まれながらに戦うことを前提に作られている。身に纏う服はそのための鎧、手にした杖はそのための剣となるだろう。戦えと神が命じ、傷つけと悪魔が囁く、そんな生き方を決められた子供。生まれながらに《守護者》であるよりない我が息子。
「自己満足と言えばそれまでなんじゃが。」
ふう、と小さく溜息を吐いた教授は、ふと立ち上がるホログラムの向こうに目をやった。窓際のデスクの上に、こちらを向いている笑顔を認めて呟く。
「…お前は何と言うかな?」
自分の作ったHFRを『うちの子』と呼んだ彼女なら。この、負うもののあまりにも重い息子を、どう受け止めてやれただろう。
《王》として生きるよりない、この命を。
己の領土を、その血で贖うのが王の責務。《ORACLE》を守り通す、それを目的に作られた彼は、たったひとりで神に与えられた領土を守り抜くだろう。それはとてもつらいことのように思えるけれど。
「いいんだよ、と言うかも知れないな?」
『子どもは自分で歩くしかないんだよ』と、笑って言うかもしれない。確かにそうなのだ。歩くことは教えてやれる、手を引いてもやれる。けれどいつまでそうしてやれるわけもなく、子供はいつか自分で道を選ぶ。
────誰のためにその剣を振るうかを、この子供も決めるときが来るだろう。
それがもし《ORACLE》のためでなくとも。
自分で歩き出すその日のために、生きる術を教えそのための剣を鍛え、世界に送り出すことが。歩み去ろうとする子どもたちを、大らかに包み込むように、それでも甘やかすことのない愛情を注いで────ただ分け隔てなく、見守ることが。
親に出来る精一杯のことだから。
「そうじゃな、そうするとしようか。」
教授は、ふと思いついたようにそう呟くと、傍らに広げられていた設計図にさらさらと鉛筆を走らせた。
整えられた髪の上に小さな帽子が書き加えられる。
「…うん、これで良し、と。」
満足げに頷いて、キーボードを叩き始める教授の傍らで、光を纏った《王》の姿が小さく揺らめいた。