First impression
一目会ったその日から、恋の花咲くこともある…もちろん、咲かないことだってあるわけだが。そして一口に花といえどもその種類が様々あるように。人と人との出会いで咲く花も百花繚乱、いろいろな花が咲いたとておかしくはあるまい。
立てば爆薬、座ればボタン(何の?)歩く姿は最終兵器。半ば冗談、残りは本気でそう称される彼女にも花咲く出会いというのがあったのだ。
遡ること十年前。
彼女と彼の間に咲いた花は果たしてどんな花であったのか。
これはそんなお話である。
「気をつけとくれ!オラトリオは情報処理が専門なんじゃからな、全く。」
「そいつか?私の『弟』は。」
見上げるほどの堂々たる体躯、きりりと整った端正な顔。それに見合わぬ生真面目な表情に痛いほど真剣な瞳を乗せて、その『弟』は居た。まるで、生まれたばかりの草食の獣が必死で立とうとするように。
ゆったりと風を孕むアイボリーのコートを器用に捌いて差し出した右手へ、ラヴェンダーは無造作に己の手を重ねる。 軽く握り返した感触は悪くなかった。体躯に見合った広い掌は手袋越しにもほのかに暖かい。思いの外ほそりと伸びた長い指は握った次の瞬間、驚いたようにびくりと引かれてしまったが。
「私の弟にしてはやわなものだな。」
おそらく感覚器が殊の外鋭敏に設定されているのだろう。急に手を引いたのは人間でいえば条件反射というべきものだと、ラヴェンダーは知っている。あれ以上力を込められたら壊れることをこの機体は察したらしい。ずいぶんとデリケートに設定されているその数値に半ば呆れてそう感想を漏らす彼女に、音井教授は血相を変えてかみついた。
「そうか、お前か───オラクルの相棒は。」
研究機関専用学術ネットワーク《ORACLE》。最近その依頼を受けて教授が手がけていたプロジェクトの、ではこれが完成品ということだ。
「俺のこと、知ってるんですね。」
探るような視線が降ってくるのを面白そうに受け止めて、ラヴェンダーは軽く笑う。なるほど、声も悪くない。張りのある低い声は耳に心地よかった。
「ああ。教授に頼まれている。私はA-L〈LAVENDER〉、お前の『姉』だ。」
そして、私がお前の『教官』だ。
そう言った途端にその美声が驚愕に割れる。
「ええっ!?」
まじまじと自分を見直すオラトリオは、おそらく何も知らされずに連れてこられたのだろう。脇で苦笑している音井教授に改めてそれを問うているのを押しとどめ、基本特性テストをしばらく眺めていたラヴェンダーは内心で舌を巻いた。
稼働限界値、機体のバランス制御、運動制御───どれひとつを取ってもコレと言った破綻が見られない。稼働したてのロボットとしては桁外れのそれに、改めて己の制作者の天才ぶりを思い知らされる。
「もう一度、同じスピードでやってみろ。」
反復横飛びに出したその課題も、オラトリオはすんなりクリアした。人間で言えば無意識の領野だが、電脳から末端までの情報伝達にも齟齬がないということだ。つまり、この機体は一度成功しさえすれば、次からは間違いなくそれをこなすことが出来るのである。 ロボットであれば簡単なことのようだが、実はそれが意外に難しいことをラヴェンダーは熟知していた。彼女自身数値的にぴたりと一致することはあまりない。もちろん人間に比べれば微々たる差異なのだが、それをこの『弟』は簡単にこなして見せた。
シンクタンク・アトランダムの秘宝、A-K〈KARMA〉にさえ容易でないことを。
つまりはこれが情報処理型ロボットの特性ということか。
そして《ORACLE》の守護者としての───
「ふむ…だいたい解った。──始めるぞ!オラトリオ。」軽く足払いを掛けてやると、オラトリオはものの見事にすっころんだ。上半身を起こしながら己を怒鳴りつけた弟を睥睨してラヴェンダーは宣言する。
「言っただろう、訓練開始だ──さあ、立て。」
燃える暁の瞳が見上げ、ゆっくりと冷えてゆくのを、ラヴェンダーは瞬きひとつなく受け止めた。
───気に入った。
きっと此奴は良い弟子になるだろう。いつかは己をも越える強さを身につけて、自らの守るものを見いだすはずだ。
「良い目だ──また明日来るがいい。」
小一時間ほどもしごかれた後で、それでも不敵に笑って見せる『弟』へ、ラヴェンダーは鮮やかに笑んで約束した。
「私はここで待っている。」
いつも、いつまででも。それが『姉弟』の愛か『師弟』の愛かは微妙なトコロである。
お前が越えようとする限り、お前の前に居てやろう。
その日咲いた花の名は、『愛』には違いないのだけれど。