| Hot Relation |
《ORACLE》のメイン・ホール。
床に敷き詰められた絨毯は、密な織り目が優しい感触を生む。ふかふかと沈み込むように柔らかなそれは、室内の調度に合わせて落ち着いた茶系の色合いに染められていた。明るみを帯びた、赤みの強いマルーンの上に、重厚なマホガニー・ブラウンの艶が映える。
─────そこに、ふと影が落ちると。
白と金の光が、吹き上げる風のようにしゅるり、と音を立てて丈高いCGを組み上げた。流れて落ちるアイボリーの布地は、大柄な身体が映える丈の長い外套を作り上げ、陽の光を融かした黄金の糸は、天上の輝きをその髪に宿す。
「ただいま、オラクル。」
甘い紫の果実が笑みを浮かべて、迎えるオラクルを映した。「おかえり」と微笑む雑音が、僅か潤むように優しい色を浮かべるのに目を細め、オラトリオはカウンターの椅子へ腰を下ろした。
「…やれやれ、今回の監査はかかっちまったなぁ。」
さすがに疲れたぜ、と肩をすくめて見せるオラトリオを見下ろして、オラクルが思案するように首を傾げる。
「そう?…じゃあいつも通りの方がいいかな。」
ちょっと試してみたいことがあったんだけど、と言いながら普段通りにティーセットを構築した青年に苦笑して、オラトリオが相棒を促す。何を思いついたのかは知らないが、まあどうせ他愛のないことなのだろう。疲れているとは言ったものの、そのくらいのお遊びにつき合えないほどでもない。
「今度は何を思いついたんだ?」
「…うん?」
この間、お前が何だか機嫌が悪かったことがあっただろう、とオラクルが苦笑する。やっぱりこうして監査から帰ってきて、同じようなやり取りがあったのに、「冷たい」とか何とか言ってぶつぶつ文句を言っていたことが。
「そうだっけか?」
引き寄せた白磁のカップを覗き込みながら、オラトリオはきまり悪く頬を掻いた。そう言えば、と思い当たる節はないでもない。最初の頃のようなぎごちなさがなくなった分、まあ慣れというか惰性というか、そういうものが生まれてきたとしてもおかしくはないのだが、いくら忙しいからと言って、目線一つ寄越さずに「おかえり」なんて言うことはないじゃないか、とかそんなことで面白くなかったような気はする。
「そうだよ?…だから、どうしたらいいのかなって考えたんだけど。」
「はぁ…」
んじゃまぁ、どうぞ、とオラトリオが紅茶を啜る。薫り高いダージリンの芳香が心地よく鼻腔を擽るのに目を細め、上目遣いにオラクルを見上げると、わくわくと嬉しそうな光が雑音を横切った。
「…ええと、じゃあオラトリオ。」
────── 食事にする、お風呂にする、それとも─────
啜っていた紅茶を思わず吹き出して、オラトリオは超高性能であるはずの自分の耳を疑ってしまった。ついでに椅子から半分落っこちかけた身体を意地で戻して、男は呆然と呟く。
「…ちょっと待てオラクル。」
今、私、とか言わなかったか?
──── て言うか、ツッコむのはそこかオラトリオ。
「言ったけど…紅茶、熱かった?」
────本当にボケはそこでいいのか、オラクル。
ツッコミとボケはお互い様。
微妙なズレ具合も合っているような気もするから、この際黙っておくことにしよう。
「いや紅茶は美味かった…だからそうじゃなくて。」
零れた雫をするりと滑らせた手袋で拭き取ると、オラトリオは自分を落ち着けるようにふうっと大きく息を吐く。きょとんと瞠った雑音を見上げて、ようやく唸るような声を出した。
「…どっからそんな馬鹿なセリフ憶えて来やがった、お前は?」
「どこって…」
お前が冷たいって言うから、温めてあげようと思ったんだけど。
食事は熱量(カロリー)の補給だし、お風呂は身体を外部から温める一般的な方法だし、と指折り数えるオラクルは、当たり前の話だが心の底まで真剣である。
「…私ってのは何だ、私って…」
だから重ねて聞くが本当にツッコミどころはそこなのか、オラトリオ。
逆にツッコミたくなっちゃうような発言は、やっぱりオラトリオの動揺を表しているというところだろう。
相手が相手だけに、哀れを誘う話ではある。何しろ、
「え、だって人肌で温めるのが一番なんだろう?」
とか、無邪気に首を傾げてくださるのだ。
この、オラクルって人格(パーソナル)は。
「あー…それは却下。」
俺のが体温は高いだろ、と言われて、残念そうに下がる肩をやれやれ、と見やりつつ、オラトリオが密かに安堵の溜息を漏らす。他のはともかく、それだけはやられたら理性が持ちそうにない。
────いやどうせ、手を握るとかその辺なんだろうけど。
それもいいかな、とちょっとだけ思っている辺り、なかなかこの男も救いようがなかったりする。
まあ、結局二人で年中ぬくぬくやってろ、と。
そういう、いつも通りのハナシである。