| 休日の過ごし方 |
一年の内でもとりわけ寒さの厳しい季節である。道行く人々が何となく足早に急ぐのもそのせいだろうか、きぃんと張り詰めた空気が頬や手にぱりぱりと痛いような気さえする夕方のこと。
「…また行こうよ、楽しかったよ?」
「イ・ヤ・だ、もう絶対お前とは行かねぇ!」
道行く人々がひょいひょいと面白いように振り返って見る二人連れは、何やらにぎやかに言い合いをしていた。確かに誰でも振り返りたくなるだろう。たとえ言い合いをしていなかったとしても、十分目立つことは間違いがない。
「何でだよ、楽しかったって言ってるのに?」
「何ででも!」
連れよりほんの少し背の低い、それでも標準よりずいぶんと背の高い青年が、やれやれ、と言うように肩を竦める。癖のない長めの髪が揺れて目にかかったのをちょっとかき上げて、訝しく首を傾げた。
「…変なヤツだな、お前が行こうって誘ったんだぞ?」
連れの方の青年が、きちんと整えられていた前髪をぐちゃぐちゃとかき混ぜながら不機嫌にうなる。どうやらその辺のトコロは言われるまでもなく自覚していて、それが余計に拍車をかけているらしい。その苦虫をかみつぶしたような苦い表情も確かに見物なのだが、見上げる長身の二人連れはよく似通った面差しで、しかもそれぞれにタイプの違う美形なのだから、まあ目立つなと言う方が無理な話ではある。
「…だから余計腹が立つンだよ!」
「…わがまま。」
温厚そうな顔立ちの青年がとうとう機嫌を損ねたように呟くと、もう片方の青年もぷい、とそっぽを向いて呟いた。
「…何とでも。」
何とも険悪、かつ見物なこの二人連れが何をやり合っているのかというと。
話はその日の昼過ぎにさかのぼる。
「ふぅん、初めて来たけど、広くて気持ちがいいね。」
一面広がった芝生を眺め渡したオラクルが振り返ってそう言うと、その視線の先でオラトリオが大きく伸びをしながら得意そうに笑った。
「だろ?」
これがあるからやっぱ生がいいんだよな、と言う男に、確かにそうかもしれないな、とオラクルは苦笑する。日曜ごとに一人で長兄が出かけるのに、下の弟たちがずいぶんと文句をたれていたのを思い浮かべたからだ。こんなところへ来ていたのでは確かに連れては来られないだろうと納得する。
「確かに。なかなか馬を間近で見られることなんてないものね。」
パドックでぽくぽくとのどかに綱を引かれている馬を、オラクルがうっとりと眺める。絵を描くことを生業とする青年は、動物の体躯や動きを見ているのも大好きなのだ。オラトリオもそれを見越して、喜ぶだろうと踏んで連れてきたのだが。
「次にレースに出る馬がここに出て来るんだけど、賭けてみるか?」
ビギナーズ・ラックってのもあるから、当たるかもしれないぜ、と男に言われて、オラクルも「そうだなぁ…」と並んで歩いている馬達を一通り眺める。
「いろんな子がいるんだね。」
大人しく綱を引かれている者、苛立ったように首を振り鼻を鳴らしながら不承不承歩いている者。かと思えば力一杯後ずさり、綱を引く厩務員に宥めすかされている者もいる。鼻の上に白いふわんとしたバンドをつけている馬がいるのはどうしてかと尋ねると、「ああいうのは気が小さいんだ」とオラトリオが言った。
「シャドウ・ロールっていうんだけどな、あれをつけてないと地面が見えるだろ?」
自分の影におびえちまって走れなかったりするんだと、と教えてもらったオラクルが感心したように溜息をつく。同じように、尻尾に赤いリボンを付けた馬は蹴り癖のある馬、などと説明を聞きながら、どれがいいかな、と考えていた青年は、結局一番毛艶のいい馬に決めて、馬券を買ってもらうことにした。
「これかぁ?結構前走より増えてんぞ、体重…」
そういうのって走れねぇんだよな、とぶつぶつ言いながら、オラトリオが「で?」と首を傾げる。
「枠にすんのか、馬番か?」
「何、その枠とかって。」
きょとん、と目を見張るオラクルに笑って、男は手にしていた新聞を広げて見せた。何やら書き込みや印のついている上のトコロを見ると、『枠』と『馬番』と書いてある。
「馬はな、一頭ずつ番号がついてるわけ。それが『馬番』な。で、何頭かずつ同じ『枠』 に入る。こっちはどれが一等になるか当てるわけだろ?」
だから『枠』のが当たる確率は高いわけだ、という解説に頷きながら、オラクルはもう一度その馬を眺めた。
艶やかな栗毛、すらりと伸びた足、黒い円らな瞳。三つ編みにしてあるたてがみも何だかかわいくて、やっぱりこの子がいいな、と言うと、オラトリオがしょうがねぇな、と苦笑する。
「んじゃ馬番か、単勝で。」
結構勝負師だな、と呟きながら、オラトリオも自分の買う馬券を決めようと新聞を覗き込んだ。
結局一番人気から確実に流すことにして、窓口へ申し込む。生まれて初めての馬券を持ってスタンドでわくわくしながら観戦するのも結構楽しいな、とオラクルはのんびり構えていたが、一方のオラトリオの方はそうもいかないらしい。そわそわと伸び上がるようにしたり、新聞を読み直してはイライラ指先で弾いたりとなかなか忙しくしている。
「…もう変えられないんだろ、少しは落ち着いたら?」
呆れたようにオラクルがそう言っても、どうにも落ち着かないようだ。苦笑しながらそれを見守りつつ、その日の最終レースを迎えることになったワケなのだが。
─────それが、冒頭のいさかいにつながったのである。
「…あぁもうっ、俺は絶ッ対競馬なんてやらねぇぞっっ!」
「…自分が当たらなかったからって…」
コドモみたいだな、とくすくす笑うオラクルの表情は実は甘くゆるんでいる。これでオラトリオが競馬に行かなくなれば、彼の弟達は喜ぶことだろう。
────でも実は嬉しいのは私の方かもしれないけどね。
日曜日ごとに置いて行かれて、私だってつまらなかったんだから。
こそりと心に呟いた、その言葉はずっとヒミツ。だけど。
「しょうがないな、じゃあ夕食はおごってやるから。」
コレくらいはしてやってもいいかな、と微笑む青年と、ちょっとだけ機嫌を直して照れた笑みを浮かべてみせる青年とは、今度は別な意味で目立ちながら雑踏の中へ消えていくのだった。
つまるところ、最初っから二人で出かけておけば平和だったと、そういうお話。