傷跡

するり、とはだけた浴衣の下から、いくつもの傷跡が現れる。
忍なら当然のそれらの中でひときわ目を引くのは、脊椎を大きく横切る傷だ。
ナルトを庇ってできた傷。
この深さでは、ことあるごとに痛むだろう。
 
────痛むたびに、思い出すのだろうか。
この傷みたいに、アナタの中に深く残れたらいいのに。
 
自分が何かに執着するなんて考えもしなかった。
なのに目の前のこの男に関しては、焦りとも苛立ちともつかない、焼け付くような痛みを憶える。
ぼんやりとその原因を眺めながら、俺は最近感じるようになったそれを酒と一緒に飲み干した。
一日の終わりを共に過ごすようになってから。
或いはこうしてしどけない姿を見せるようになってから。
 
喉を焼くような辛口の酒が、余計に腹の底を燻す。
ふらりと近寄った背中はしっとりと汗を孕んで、イルカ先生の匂いがした。優しくて懐かしい、それでいて甘くない────涼しい風のようなイルカ先生の匂い。
「…カカシさん?」
困ったようなイルカ先生の声に、俺は笑った。
息が触れるぎりぎりの距離で。
うっすらと色の違う皮膚が、俺の息に染まってほんのり上気する。
浮き上がる血の気配に、俺は甘えるように鼻先をすり寄せて強請った。
「…ね、傷、つけていいですか?」
俺以外、残らないように。
返事を待たず、身体を返して抱き込んだイルカ先生の背中にクナイを滑らせる。切れ味の良い刃物は、さしたる抵抗もなく紅い線を描いた。
磨いた金属の匂いと、新しい血の臭い。
すう、と引いた右手の動きにつれて鼻を擽るそれに、俺は喉を鳴らした。
「…イイ匂い。アナタの匂いだね。」
滴る赤い雫を指先に絡め取って、ぺろりと舐め上げる。
「ワガママですねぇ、アンタは…」
 
────そんなこと、しなくたって。
 
「オレの傷は全部アンタのモンでしょうに。」
「…うン、知ってます。」
ごめーんね、イルカせんせ。
自分でもどうしようもないから、許してね?
ほんとにアナタを傷つけられるのは、俺だけだって知っていても。
それでも過去の傷跡すら、俺だけのためであって欲しいなんて、狂ってるのは重々承知。アナタが無理を承知で、それを許してくれるってコトもね。
「…だったらアンタも隠さないでください。」
小さな囁きに、俺は目を閉じる。
襟元へ擦り寄ったイルカ先生が、くすん、と鼻を鳴らして小さく笑った。瞼に触れる溜息が傷跡を辿ってほのかな熱を落とす。
「俺の傷はみぃんな、アナタのモノですよ?」
ケモノが甘えるように、喉を鳴らして擦り寄る俺をイルカ先生が笑った。
「嘘つきですね、アンタは。」
 
────傷、抉ってあげましょうか?
 
言葉の代わりに、俺が目を閉じたまま口の端をゆるめると、イルカ先生の指がするりと頬を撫でた。
「アンタは傷を見せたりしない、誰にもね。」
その諦めたような声に、ほんの少し怒りが混じってると自惚れてもイイ?
俺のために傷ついて。
────アナタの傷を見せてよ。俺に全部。
 
だって俺を殺せるのはアナタだけなんだから。
それくらいいいでショ、と俺は嗤う。
 
心臓の真上。
アナタだけが抉れるトコロ。
 
右の手が愛おしげに触れる感触さえ僅かに疼く、それを笑いながら俺は目を閉じる。
 
 
ぽっかり空いてる孤独を塞いで。
 
アナタが気付かせた、アナタだけが塞げる傷。