コドモの領分


「あ〜、イルカ先生だってばよ!」
 陽の落ちかけた河原の土手を歩いていたナルトが、目ざとく人影を見つけて大声を上げた。
「うるさい、ナルト!」
「大声出さなくてもそれぐらい分かる、ウスラトンカチ。」
 両脇から容赦ないツッコミを受けながらも、それを気にすることなくナルトはぶんぶんと両手を振り回す。
「イルカセンセ〜ぇ!!」
 声に気付いて振り返った人は、逆光になって表情が読みとれないけれど。きっと、晴れやかな笑顔を向けているのだろう。
 そう考えて、カカシは小さく笑った。
「おう、ナルト!」
 今帰りか、と駆け寄った少年を受け止め、後から着いてくるサスケとサクラにも「お疲れさん」と声を掛ける。その後からゆっくりと歩いてくるカカシにも、「カカシ先生も、お疲れ様でした」と小さく会釈した。
 「イルカ先生も今お帰りですか?」
 首を傾げてみせるカカシに、「ああ…」と頷いたイルカが、「演習場の見回りに行ってたんですよ」と肩をすくめる。
 「ほら、さっきまでの雨で緩んでないかとかね。」
 「…あぁ、崖がありましたっけ。」
 幾つかの演習場を思い浮かべて、相槌を打つ。何度か使ったことがあるそれらは、ちょっとした雨で緩むようなモノでもないが、まあ念には念を入れて、ということだろう。そうした演習場などの保守管理も、アカデミーに勤務する中忍の任務の一つである。
 「そうなんです…ま、大したことなかったんで。」
 明日の演習で補修しなくちゃなりません、と苦笑するイルカに、まとわりついていたナルトがわくわくと声を上げた。
 「ってことはさ、イルカ先生も仕事終わり?」
 「あー…まあそう、かな?」
 「じゃあさ、じゃあさ、一楽行こうってばよ!」
 「お、いいな♪」
 久しぶりに行くか、とイルカは他の二人にも声を掛ける。素直に歓声を上げたり、頷いたりする子ども達の様子をぼんやり眺めて、カカシはぽりぽりと頬を掻いた。
 
 ───────コドモはいいなぁ。
 
 ぽんと浮かんできた言葉がそんなものだったので。
 何だろうなぁ、と思わずにはいられなかったのだ。
 
 ラーメンひとつで簡単に嬉しくなれる単純さが羨ましい─────これも、ある。
 全身で嬉しい、と表現できる素直さが眩しい─────これも、ある。
 ホントは嬉しいクセに、ぶっきらぼうに頷いてみせる不器用さが可愛い─────これも、ある。
 好きな相手と一緒に食事ができる、とそわそわしている純情さは微笑ましい─────これも、ある。
 
 ──────だけど。
 
 「カカシ先生も、どうですか?」
 にっこりとそんな風に声を掛けられて、カカシはがしがし、と収まりの悪い髪をかき回しながら首を傾げた。
 「いいんですか?」
 「早く行こうってばよ!」
 「ああ、分かった分かった。」
 そう急ぐな、と笑ったイルカが、カカシ先生も、と促すようにぐい、と腕を引いた。
 「ああ、はい」と適当に返事を返し、連れだって歩き出しながらカカシは小さく首を捻った。ふいっと消えてしまった「いいなぁ」という気持ちが何だったのか、もう少しで分かりそうだったのに。
 「…う〜ん?」
 ま、いっか、と口の中で呟いたカカシの頬が、口布の下でほんのり染まっていたことを──────誰も、知らない。