「───ようこそ、《ORACLE》ツアーへ!」
 朗らかに明るいその声さえ、オラトリオの神経を逆撫でる。ちりちりと微弱なノイズが走っていくような、妙に上滑りする感覚が、つきまとって離れない。事前の書類審査は元より、申請した本人であることも漏れなく確認され、ボディチェックも持ち物検査も完璧に行われていくのを眺めながら、男は苛々と参加者達を睨み付けた。このツアーに参加できる人間はごく限られている。ある程度の実績を持つ科学者、企業、研究所。科学者もいれば情報管理の担当者もいるが、共通するのは《ORACLE》の価値を知り、尚かつそれを他の情報管理ネットワークと比較検討できる能力を持ち合わせている、ことである。
 つまりは、『敵』になりうる者ばかりと言うことなのだが、それだけにオラトリオの電脳にはかなりの負荷がかかっている、ということなのだろう。《ORACLE》本体の置かれた部屋への最後の扉が、重い音を立ててゆっくりと開き始める。すう、と流れ出す冷えた空気が白い。まとわりつくようなそれを振り払って歩を進めると、そこで巨大な六角柱が一行を出迎えた。
 天井には中央から四方へ様々な太さのケーブルが走っている。その中心に照明を兼ねた半透明のプレートが埋め込まれ、ケーブルの束を大きく円形に刳り取っているように見えた。純白の壁はほぼ正方形に近くそそり立っているが、四隅が小さく切り取られたようになっており、厳密に言えばここは部屋自体も六角形の形をしている。
 脳天気にもくっついてきた二人の『先輩』達の会話をぼんやりと聞き流しながら、オラトリオはオペレーション・ガールの説明に過誤がないかを逐一チェックした。説明が足りないならまだ良いが、うっかり口が滑って余計なことまで吹き込まれてしまっては困る。今のところは台本通りに進んでいるな、と人垣越しに見下ろしていると、まだ少女と言っていいだろう彼女のあどけない口調の呼びかけに応えて、漆黒のモノリスに光が灯った。その漆黒を写し取ったような黒衣の裾を、雑音(ノイズ)を走らせて長いローヴが覆う。白い瞼を伏せた青年のリアルなCGがふわりと舞い降り。
 『ようこそ《ORACLE》へ』
 穏やかな歓迎の言葉とともに、その瞳が開かれた。参加者達がざわりと蠢くように一斉に感嘆の声を上げる。
 さもあろう、とオラトリオは心の裡に呟いた。緻密に組み上げられた繊細なプログラム、その投影を可能にするT・Aの最新技術、そのどちらが欠けてもこの世には降りるはずのない《神託》の主の姿。
 
 ────それを目にすることの意味をお前達は本当に解っているか?
 
 いくら限られているとはいえ、こうして衆目にその姿を晒させておいて『セキュリティ』を問うその愚かしさに気づきもせず。
 知られれば知られるほどに、知恵の実を手にしたいと望む者は増える。それはいい。問題は、望む者が全てを手に出来るわけではないということだ。美味しすぎる餌を見せておきながら、望むな、奪うなと言って────それが、何になるだろう。登録件数の増加は確かに無視できない数字だが、同じような勢いで跳ね上がった侵入件数をどう説明すればいいと言うのだろう。
 『ご安心下さい、《ORACLE》のセキュリティは万全です』
 そう言って微笑むオラクルも、それはよく解っているはずだった。オラトリオが喚ばれるまでもないレベルのものまで合わせれば、ツアー開始前の倍以上になっている。それでも告げるのだ、《神託》の主は高らかに─────誇らかに。
 
 『《ORACLE》は無敵の守護者に護られております』
 
 ────だから自分は最強であり続けよう。
 
 男は胸の内でそう囁く。語るように─────祈るように。
 他の誰でもなくお前がそう言うから。
 
 
貴方が並べたどんなに
悲しい嘘にだって
今なら
すがり付けるから