もうお前の声は届かない──────
遠くで声がする。
『こんにちは、無敵の守護者。』
嬉しげな声はぞっとするほどに冷たい艶を含み、囁く響きで男の耳元へ届く。こぽり、と浮き上がる意識の片隅でそれを捉えて、うっすらと開く瞳が、見下ろす女の姿を静かに映した。蒼白く透き通るようなその姿は、男に何の反応も呼び起こさない。無感動に見上げるオラトリオと女の間には、硬く分厚い氷が張り詰めていた。
『ようこそ私の元へ。』
小さな華のような深紅の唇が嬉しげにほころぶ。色をなくしたような女の体の中で、そこだけが鮮やかに目を惹きつけた。
「…やめてくれ。」
俺は無敵じゃない、とオラトリオが呟く。“無敵の守護者”というその名で呼ばれる、そのことが凍りついた回路を静かに炙った。
「だから呼ばないでくれ…無敵の守護者と」
言葉のたびに口の端から小さな泡がこぽり、と逃げてゆく。“無敵”と冠されるのが永遠ではないと、誰よりも自身がよく知っている。
─────いつ敗れるか いつ負けるか いつ…
身の内を熱く焦がし、冷たく凍らせるその問いを繰り返し。
“今” “現在” までの最強の冠に縋って、いつ訪れるか分からない “未来” のその瞬間を思い続ける。
その悩み苦しむ心さえ、流す涙さえ偽りのつくられたものに過ぎないのに。
この痛みだけが現実だなんて。
『ねえ守護者…貴方の望む世界は何?』
覗き込む女がうっすらと嗤う。お前の世界を差し出せと。
冷たく冴えた視線は、女の意図を理解しながらもそれを遮らず静かに見上げる。
「世界…」
望む世界を与える見返りに、全てを差し出せと?
そんなことができるわけがない、したいとも思わない。
けれども、「眠れ」と命じるその声は優しく壁をすり抜けて入り込んでくる。分厚い氷を割らずに、全身を縛り付ける髪が男を捕らえた。冷たく身体を満たしていく『それ』に藻掻きながら、オラトリオはたったひとつ残されたものにしがみつく。
─────《ORACLE》の守護者であること。
身体の自由を奪うように絡みつく髪を振り払えない。ふっと気がついたときには、すぐ近くまでその女が近づいていた。
『かわいそうな守護者』
抱くように伸ばされた腕はひやりと冷たく、囁かれる言葉は優しい。注ぎ込まれる毒に、侵されてしまえば楽なのだけれど。
『私が貴方のオラクルになるわ』
毒々しい深紅の花弁は、オラトリオの欲しい言葉を紡がない。どれほど甘い誘惑でも、あの唇から零れてこその。
「オラ…クル…」
閉ざされてゆく世界、遠くなる声。
──────なれるものか、と呟く自分の声さえも遠く。
きしり、と微かな音を立てて閉じた世界には。
静かに凍り付いたこの心の中には。
──────もう、声が、届かない。
お前の声が聞こえない──────
だってたとえば
私がいなくなるときには
──────いっしょに いなくなって など
いえるわけ ナイ─────