| 君への手紙 |
どう言えば、心が伝わるだろう。
たとえば視線で、表情で、声で、口調で、直接会って話すことができれば伝わることも。
「…手紙に書くって、難しいんだねぇ。」
鉛筆をがじがじとかみながら難しい顔をしていた信彦が、頭をかきかき溜息をついた。ディスプレイの中に埋もれて座っていたオラトリオが、下ろしていた偏光グラスをひょい、とあげてそれを笑う。
「ま、書けねぇことばっかだしな。」
ホントはオフレコなんだからしょうがねぇけど、と言って苦笑する男に、信彦も「そうなんだよね」と同意を示した。
────ぜったいぜったい、お電話してね?
そう言って、必死に泣くのをこらえながら帰っていった少女を思い浮かべる。空港でのあの事件の後、それでもフライトの時間がせまる中で交わした約束。短い間にいろいろなことが起こりすぎてつい忘れていたのだけれど。
何しろ彼らは今、オトナに内緒で脱走する計画を立てている最中なのである。
「やっぱ、黙って行っちゃうワケにはいかないでしょ?」
「いや、俺的には全然それでも構わんのだがね。」
くつくつと笑いながら接続ケーブルを引き抜き、オラトリオは傍らのメモ帳にさらさらとペンを走らせた。黒い表紙のシンプルなそれを閉じて、男が立ち上がる。
「基本的に今回の件は他言無用、それは守ってもらわないとな。」
「…分かってるって。」
だからこうやってオラトリオんとこで書いてんじゃん、と信彦にいばられたオラトリオが苦笑した。《ORACLE》本部への民間人の立ち入りは厳禁だ。ばれたらただではすまない話なのだが、こっそりこうして出入りさせている。その表向きの理由が、『手紙の添削』なのだ。
「ま、一石二鳥と言えばそうなんだけどよ…」
寝そべって手紙を書いている信彦の脇へしゃがみ込んだ男がぶつぶつと呟いた。どの程度ごまかされてくれるか知れたものではないが、とりあえず今は両親ともそれどころではないらしい。普段なら怪しまれてもおかしくはないのだ、英語程度ならわざわざここまで出向いて来なくても、堪能な者は他にいくらでもいる。仕事で忙しくしている両親が無理だとしても、基本的な言語はHFRなら誰でも話せるし書けるといってもいい。〈封印〉に向けて忙しくしているカルマは無理としても、ハーモニーやパルスでも構わないはずなのだ。
…まあ、シグナルは論外としても。
「でしょ、だからオラトリオも考えてよ。」
うまくさぁ、マリエルちゃんが安心するような書き方ってないかな?と信彦が首を傾げるのに合わせて、オラトリオも首を傾げる。
「俺が考えんの?」
それじゃ違うだろう、と白い手袋の指先が信彦の額をぴん、と弾いた。痛っ、と額をさする少年を笑って、男が手紙を覗き込んだ。
かわらしいピンク色の便せん、たどたどしいアルファベットの文字。へえ、と面白がって覗き込むオラトリオに、信彦が嫌な顔をする。
「…何?」
「いやいや、良いねぇ若いモンは。」
せいぜいがんばんな、と無責任に励ましたオラトリオが、よっこらしょ、と立ち上がって伸びをした。
「書けたら英語は直してやるけど、言葉は自分で考えるモンだろ。」
その方がきっとマリエルだってうれしいだろうし、何より人の言葉で書いたもんは自分の考えにはなんないからなぁ、とからかうように見下ろされた信彦が、分かってるよ、と呟いてまた手紙に取り組む。
手紙だから伝わることもある。
届くまでに時間がかかることも、長い距離を旅してくることも。
どんな紙に書かれているか、どんな切手が貼ってあるか。
字を見ただけで分かることだってある。
だから。
──────心配、しなくていいよ。
心はきっと、伝わるから。
四苦八苦している少年を見下ろしながら、男が優しく微笑んだ。