惜春譜

 ───── はらり、はらりと花ぞ散る。
 
 開いた本の向こうに時折ちらちらと落ちる、ほの赤い花弁を視界に入れながらカカシはぼんやりと文字を追った。
 ぽっかりと空いた任務の隙間。
 うらうらと暖かな陽射しや穏やかな空気の温もりは、己の肌とは遠いところにあるようで身にそぐわない。それでもせっかく空いた時間なのだからと、少しでも過ごしやすいトコロと思えばこんな場所しかなくて。
 満開の桜の枝に身を預けている。
 
 「…オレ、桜って嫌いなんだヨねー」
 
 特に花の時期は、とカカシはぱらりと頁を捲りながら呟いた。
 ほんの僅かな風の動きでも散る花弁で気配を覚られ、気付かぬ内に纏わりついたそれに跡を付けられる。隠密を常とする暗部にあって、夜でも目立つその花群れを良しとする訳もなく。
 それでも、里に帰ったら花の季節だな、と誰ともなしにそんなことを言い出して、その話題が出るだけでほんの少し緊張が和らいで。とりわけて花が見たいとか、そんな風に思わないカカシでさえも、敢えて口を挟むこともしなかった。
 
 花が見たい─────里に、帰りたい。
 そういう、ことだ。
 
 「だーれが好きこのんで花見なんかするかってーの。」
 馬ッ鹿じゃない、という言葉は心の中だけにしておいた。
 協調性がない、と散々言われてはいても、そのくらいの分別はある─────つもりだ。態度に出てたかなー、とは思うけど。
 「だって嫌いなモンは嫌いなんだもんね。」
 昔はそうでもなかったと思う。
 幼い頃はムキになって花弁を追いかけたこともあった。
 『ほーらカカシ、キレイだよ〜♪』 
 『…別に、どうでもいいよ。』
 『え〜、どうせ修行するならキレイな方がイイじゃん♪ 』
 『違うよねー、カカシ君はー、思ったよりできないから面白くないんだよねー?』
 ひらひらと舞い落ちる花弁を、指先で捉える。ただそれだけのコトができなくて、涼しい顔で捉えて見せる上忍師に知らず知らずムキになった。スリーマンセルの誰が最初にできるようになるか、なんて、他愛のない競争に明け暮れて、あの花の季節は過ぎた。
 
 ─────思い出す、花の季節は。  
 
 明るい優しい光に満ちている。アレが春だ、とカカシは思う。
 だから紛い物の春には慣れない。咲いて散るだけの花はキライだ。
 「早く終わンないかなー。」
 ぱらり、と頁を捲る音。
 
 
 ────── はらり、はらりと花ぞ散る。