桜鬼


 ───── はらり、はらりと花の散る。
 
後から後から、絶え間なく雪のように降り注ぐ白い花びらを目で追いながら、イルカは抱き上げた幼子を揺すり上げる。
中忍になってからあまりヒマもなかったけれど、任務と任務の間にぽかりと空いたこんな休日は、のんびり過ごすのも悪くない。
このところなかなか構ってやれなかったナルトを連れて、火影邸の裏手にある堀の土手へ回れば、見事に満開の桜並木が迎えてくれた。
「ほら見ろ、ナルト」
見事なもんだろ、と振り仰ぐ。それにつられて上を向いたナルトが、ぱかりと口を開けた。
「しゅげーってば、イルカにーちゃん!」
若干言葉の遅い子どもは、それでも自分の感動を何とか表そうというのか、回らない舌で「しゅげぇ」と連発している。それを微笑ましく見守って、イルカはまたずり落ちそうになる子どもを抱え直した。
「あんまり暴れると落ちちゃうぞ?」
「おちないもん!」
そう言いながらもぎゅう、と握りしめる指の強さに幼子の恐れと、自分に対する信頼を感じて、笑みをこぼす。
「でもほんと、綺麗だなぁ」
コワイくらいだな、と見上げた樹の間には、青い空、白い雲。
重なる枝が見えないほどの花に覆い尽くされた花の向こうには、鬼が棲むというけれど。
それでも桜の美しさには一点の曇りもない。
 
先の任務で訪れた、春の来ない国を思い浮かべて、イルカはほろ苦く笑った。
 
花を見るたび、思い出すだろう。
冬が終われば春が来ると、当たり前のように思っていたことが、当たり前でない国。
色とりどりの花が咲き、空気の緩むことがない、そんな国。
それでも人の笑顔だけは柔らかく温かく、春を思わせる、そんな国は。
 
 
今でも、そのままだろうか?
 
 
 
そうならいい、とイルカは思う。
あの国はこれから、その名の通り雪に閉ざされるだろう。雪解けは遠い。来るかどうかも分からない。
それでも、春が来るたびにあの国の人達を思うから。
 
『アンタは忘れなよ』
 
そうした方がいい、と脳裏に囁く声に、イルカは小さく笑った。
春は嫌いだ、と言った人は、それでも自分たちを嗤いはしなかった。
戦いの中では鬼神のようだったその人の姿は、それでも息を呑むほどに綺麗で。
 
 
 
 
花の向こうに鬼が棲むというなら、きっとこんな鬼だと思うような。
 
 
 
「早く、終わらないかなぁ…」
 
あの国の、雪の季節が早く終わればいい。
そうして、鬼が里に帰ってくればいいのに。
 
 
イルカは抱いた子を揺すり上げながら、花を見上げた。
 
 
 
──────はらり、と花が散った。