落椿

 
 ─────── ほとり、と落ちる、その気配。
 
 動くモノの何もない空間に動いた赤い軌跡。ふとそれに視線を引かれたカカシが、肩越しに振り返る。ぱさり、と微かな音が鮮やかな赤の後を追うように落ちた。
 先ほどまで自分が撒き散らしてきたモノによく似た色彩。
 深紅に染まった雪は、今はその熱に溶けた頃だろうか。
 それとも、真白に埋め尽くされた頃だろうか。
 「…ま、どうでもいいけどね。」
 任務は終了している。その後がどうなったかなんてどうでもいい。追われている気配もない今、本当は急いで帰ることもないのだけれど。
 立ち止まったついでにちょっと休んでいくか、と、木の下へ腰を下ろす。常緑の葉の茂る根元は、丸く掃き清めたように乾いていて、思ったよりも具合が良かった。
 降り続く雪を見上げて、その中に落ちた花を見下ろして、カカシは薄く嗤った。ほとりと花首ごと落ちるその花は、鮮やかな赤い色を引いて落ちるその様が不吉と言われ、忌み花とも呼ばれている。
 「今更ねぇ、そんなコト嫌がったって仕方ないでショ。」
 呟いた言葉と一緒に零れた息が、白くけぶった。
 咲いた花は散るモノ、いつか土へと還るモノ。
 
 ─────── それが自然の摂理というものだ。
 
 「だからさ、俺はおまえのコト、嫌いじゃないんだよね。」
 こんもりと雪に覆われている葉の暗い隙間に隠された、鮮やかな赤い花弁を見やって、カカシは目を細めた。
 そう、むしろ好きな花と言ってもいい。
 厳しい季節を選んで咲き、潔く散る。散った後は汚く土に還るだけ、なんて、ああまるで俺達のようだねと、低く喉を鳴らす。
 「さぁて、行くとしますか。」
 いくら急がないとは言っても、敵地で一つの場所に長く留まっているのは利口じゃない。雪がやまないウチに距離を稼いでおくか、と立ち上がる。
 
 しんと澄んだ空気、透き通った闇。
 どんなに身に馴染む、慕わしい気配でも。
 「…まだ俺は落ちるわけにいかないんでね。」
 
 どうせいつか土に還るが定めなら、それまでの間くらい生きてみたいじゃないか。
 赤い赤い瞳が、くつり、と嗤いを浮かべた。  
 
 ───────── ほとり、と落ちる。
 
 そんな綺麗な死に様を、今更望むのもふざけた話かも知れないが。 
 
 
 
 
 
 
 なにのぞむなくねがうなく
 懈怠(けたい)のうちに死を夢む────────

(中原中也/汚れちまつた哀しみに)