Artificial Eden 〜人工の楽園〜1


鮮やかな青い青い海。
南海の楽園と言われるカリブの海は、明度の高い透明な青さが自慢である。
 
 明るい緑みを帯びたターコイズ・ブルー。
 冷たく光を閉じこめたようなアクア・マリン。
 紫を沈ませたマドンナ・ブルー。
 抜ける空の青、コーンフラワー・ブルー。
 
光の反射、海の深さによって色味を変える。名をつける暇さえ与えずに移り変わる青また青、群れ集まる青の波が眩しい。沿岸の国々がこぞって謳い文句に掲げ、リゾートを訪れた世界中の人間を魅了する、魅惑の宝石。
誰もが溜息を漏らす、「水の惑星」地球の至宝。
しかし、機内の連中はと言うと、そんな光景なんぞ既に見ちゃいなかった。
「…ねえじいちゃーん、まだ着かないの?」
いかに美しい風景とはいっても、小一時間も眺めていれば退屈する。ましてやソレが騒ぎたい盛りのお子サマ方だったりすれば、その退屈度も知れようと言うものだ。
さっきから何度目から分からない質問に、教授が読んでいた資料から顔を上げた。
「うむ、そろそろじゃないかの。」
「そろそろって、そればっかじゃん。」
「いや、今度はホント。」
見てごらん、とアレックスが窓の外を指し示す。
きらめく波頭が延々と続く眩しさに、目を細めながらも子ども達が目をこらすと、見渡す視線の先に、ぽつりと黒い点が見えた。
「「「     あ!」」」
みるみるうちに大きくなっていくそれは、やがて海の中にそびえ立つ山のように眼前に立ち塞がる。
「うわ、これがその、『島』?」
「…すっごーい。」
「すげぇ、かっこいい〜♪」
子ども達が口々に歓声を上げた。
それは厳密には島と言うよりも、海底火山が隆起して海面から突きだしていると言った方が近い。群島と言ってもいいほどの数があちらこちらと水面から顔を出す様は確かに見事な眺めだった。多くは島と言えるかどうかの微妙な大きさだが、中でもとりわけ大きな山が、目的地、イスラ・ヌブラル。コスタ・リカ共和国に所属する群島の一つで、本土から離れること約二〇〇キロの海上に位置する。現地で《雲の島》と呼ばれる、島。
一年を通して霧に閉ざされ、容易には海岸線すら望むことができないのがその名の由縁である。そこには、地元の漁師さえも普段から怖れて近寄らないという話だった。
今目の前に現れたその島は、海面からすぐに立ち上がる絶壁が鬱蒼と茂る深い緑の壁に覆われ、密に組み上げられた枝が視界を遮っている。加えて、その壁へまとわりつくように霧が立ちこめ、神秘的とさえ言えそうな雰囲気を醸し出していた。薄く白い衣をまとって立つ絶壁は、人を容易には寄せ付けない厳しさと、惹きつけてやまない謎とを秘めていた。
ヘリは海岸線に沿ってぐるりと回り込むように飛行を続けた。山と山の隙間に入り込むように飛行しながら、徐々に高度を上げる。上昇して行くにつれ、霧が段々と薄く晴れてきた。
「地図で言うと、こっち側は山みたいだのぉ。」 
のんびりと地図を広げながら、教授が言う。
「ああ、じゃあ山越えですか。」
そりゃまたスリルに富んだコースだ、とアレックスが軽く口笛を吹いたところで、がくん、とヘリが大きく揺れた。
「うわ!」
ヘリは峠越えの気流に入り込んだらしい。後部座席で身を乗り出すようにきょろきょろしていたシグナルの身体も大きく泳ぐ。さすがにこの揺れには、抜群のバランス制御も追いつけなかったようだ。
「シグナル、ベルトベルト!」
シートに収まっていた信彦が、シグナルを促す。大人組はもちろんのこと、水平飛行をしているうちは腰掛けていただけだった子ども達も、いつの間にやらちゃっかりベルトを締めていた。残すはシグナルのみである。
「あ、わ、うん!」
促されて、シグナルもベルトの両端を掴んだ。金具を合わせて嵌め込めばいいタイプなのだが、慌てているせいかなかなか嵌らなくて、気ばかりが焦る。元からベルトをつけていた者はともかく、揺れる機内で細かい作業は難しい。
──────ベルトの金具を嵌める、というのが細かい作業の範疇かはともかく。
「あーもう、貸してよシグナル。」
ぐい、と乗り出した信彦に両側の金具を取られて、シグナルの眉がへにゃ、と下がった。
「ごめん…」
ぱちり、と確かな音を立てて嵌った金具に、きまり悪そうに頭を掻く。ふわり、と動いた髪の毛の先が、屈んだ信彦の鼻先を擽った。
「…っくしょん!」
折悪しく、ヘリが下降に差し掛かったところで。
隣の席の信彦は、まだ金具に手を掛けたままで。
だから、本当にタイミングが悪かったとしか言い様がない。
 
「うりょ〜〜〜〜!」
奇声を上げてちびが浮き上がって、機内がその騒ぎにすっかり気を取られてしまい。
誰一人、『パーク』を見ていなかったことは。
 
 
ほんの少しの間、開けた島の景色。
鬱蒼と茂るジャングルの向こうに広がる、緑の草原。陽光に反射する穏やかな湖面。
────────そこに点々と見え隠れする、生き物たち。
 
 
 
 それが、『ジュラシック・パーク』だった。