特別なトモダチ


 とある昼下がりの話である。
 「…っあー、肩こった…」
 こきこき、と首を鳴らしながらオラトリオが大きく伸びをした。テーブルの向かい側でカルマが小さく苦笑する。
 「ご苦労をおかけしました。」
 足元の紙袋をひょい、と軽く持ち上げた男からそれを受け取り、口を開いて中を覗き込んだカルマの表情が、ふわりと花のようにほどけた。中には色とりどりの可愛らしいぬいぐるみが4匹、ちんまりと座っている。
 「どうだ、俺の力作は?」
 可愛いだろ、と得意げなオラトリオに傍らの椅子でオラクルが笑う。ミルクを注いだカップの紅茶を、銀のスプーンでくるり、とかき混ぜると、薄く白い糸をひいて広がったミルクが温かい沈香色で器を満たした。微かに白い湯気に乗せて香りを楽しみながら首を傾げる。
 「ホントに器用だよね、お前は。」
 どこで憶えたのか知らないけど、とからかう青年を小突いて、男が肩を竦めた。
 「自己流だよ、こんなのは。」
 喜んでもらえりゃいいんだけどな、と紙袋から顔を出していた一匹をつつきながらオラトリオが苦笑した。淡いピンクのぬいぐるみが大きな黒いボタンの目できょろりとオラトリオを見上げている。ちょこりと立った耳に糸くずが残っていたのを、男の指がすい、と抜き取った。
 「子ども達がとても楽しみにしているんですよ、この子達を。」
 お誕生日会に間に合って良かったです。そう言ってカルマが席を立った。
 「それでは、頂いていきますね。」
 「おう。」
 「忙しそうだね。」
 「まだ飾り付けなんかも残ってますし。」
 ではまた明日、と微笑んだ青年がかららん、と軽い音をさせてドアの向こうに消える。これからまた保育園に戻って、明日のお誕生日会とやらの用意をするのだろう。ご苦労なこった、とオラトリオが呟いてコーヒーをすすった。
 「…あれ、そういえば宛先の指定があるって言ってなかったか?」
 イメージがあるんだとか何とか言ってたじゃないか、とオラクルが首を傾げる。ここ数日、そんなことを言いながら製作に励んでいたのを思い出したからである。ちびに見つかると煩いから、という理由で、オラクルの家がその作業場になっていたのだが、そういえばどことなく似てるかな、と思いながらできあがっていくぬいぐるみを眺めていたので、オラトリオが特にそのことを言わなかったのが腑に落ちなかったのだ。
 「あぁ、ちゃんとメモ入れといたし、分かるだろ。」
 男はしごくのんびりと、サンドイッチをつまみながらそう言った。ライ麦のパンを軽く炙った香ばしい香りが鼻先をくすぐる。麦の柔らかな香りと、オニオン・スライスのちょっと尖った味と、生ハムによく合う濃厚なクリーム・チーズの舌触りに舌鼓を打ちながら、にやりと笑う。
 「…当ててみな。」
 当たったらお前にも作ってやるよ、と言われながら、オラクルも自分のプレートに手を伸ばした。マスターお手製のサンドイッチは、レシピを教わってもなかなか真似できない。訪れたときにはこうして味わうのが楽しみなのだ。水をしっかり切ったレタスの歯触りはひやりと冷たく、挟んだアンチョビとオリーブのほどよい塩気を楽しんでいる青年を流し見て、オラトリオがぺろりと自分の指についたチーズを舐め取った。
 「ま、たまには頭使うのも良いでしょ。」
 「いいけど…今月のお誕生日は誰と誰なんだい?」
 ちびの通っている『ちゅーりっぷ保育園』は、こぢんまりとした少人数の保育園だし、ちび自身が社交的なので、オラクルでさえほとんどが顔見知りである。ちびの遊び友達を思い浮かべながら、青年が首を傾げた。
 「えーと…健太と拓海と、優希ちゃんと茉莉乃ちゃんだったな。」
 「…女の子だけ自然と『ちゃん』づけってトコがお前だよな。」
 半分呆れたように相槌を打ちながら、イエロー、ピンク、グリーン、オレンジと、淡いパステルカラーのカラフルな布地を思い出す。手触りの良いパイル生地が優しいそれらが、ふわふわの綿を詰められて可愛いぬいぐるみになっていく様は、何度見ても驚きに満ちている。今回のメンバーはおっとりした顔つきのクマ、ちょっと垂れ目が愛嬌のイヌ、ぽてっとおなかの丸いペンギン、たらりと片耳の垂れたウサギだ。彼らがそれぞれどこへ行くのか、誰の『特別なトモダチ』になるのかは、ただ見ていただけのオラクルにとっても結構大事な問題なのだ。
 「ピンク…は、女の子?」 
 「いや、イマドキは男の子のがピンクってカンジだろ?」
 ちょっとはヒントをくれるつもりなのか、男がそう言ってオラクルのプレートに手を伸ばす。自分のプレートを代わりに押して寄越しながら、指を折った。
 「イエローは優希ちゃんか拓海で、この二人がクマとペンギン。」
 ふうん、と呟いた青年がつい、と抜き取った店のナプキンへさらさらとボールペンで書き留めるのを眺めつつ、男は更に指折り数えながらヒントを出す。
 「茉莉乃ちゃんはイヌが嫌いなんだよな。」
 「あー…見ただけで泣いちゃうんだっけ?」
 公園でちびがかばっているところに行き会わせたのを、微笑ましく思い出して、オラクルも笑った。それじゃあ茉莉乃ちゃんはイヌじゃないね、と、青年が難しい顔でぐるぐるとメモに丸をつけた。
 「ウサギはイエローじゃないし、グリーンでもない。」
 「グリーンってイヌじゃなかったっけ…」     
 型紙を思い浮かべながらオラクルが呟くと、男が「よく見てんなぁ」と苦笑する。
 「それで、ピンクは男の子行き?」
 「そうそう。」
 メモを見ながらオラクルが眉を寄せるのを、男が面白そうに見やった。ちょっとヒントの出し過ぎって気もするけど、と呟いたオラトリオが、「ま、部屋代ってことで」と言うのと、オラクルが「分かった」と言うのはほぼ同時だった。
 「…これで分かんなきゃどうしようと思ったぜ、錆び付いてなくて良かったなアタマ。」
 「どうしてそういうこと言うかな、お前は。」
 「あ、でも正解とは限んねぇんだよな、外れたら奢るか?」
 
 
 どうやら、現実の世界では『特別なトモダチ』がいるのもいいことばかりとは限らないようで。
 
 うやむやになりそうなぬいぐるみの行き先を、果たして正しく推理できたかは謎のまま。
 ──────はてさて、賑やかなことではある。