| 科学者の条件 |
────まったく、何を考えているんだか。
そう思わされることが、今まで幾度あったろうか。
この破天荒で人騒がせな妹に、イライラさせられるのは初めてのことではない。だからといってそれに慣れるものではない、と思うことももはや数え切れないほどだ。
つまりはそのとき、かなりコンスタンスの機嫌は悪かった。
「…ちょっとアンタ、こっちにいらっしゃい?」
にこにこと微笑む姉の姿に、思わずクリスの腰が引けた。後ろ暗いところは多々あるだけに。
「な、何でしょうかお姉さま。」
笑顔も引きつっているような気がする、いや実際に相当引きつっている。その様子を見て、ようやく帰ってきた息子をぎゅうぎゅうに抱きしめてから、おもむろにお説教を始めようとしていたみのるが苦笑した。
「ほどほどにしてあげてね、コン?」
ウチの子ども達が無理言ったんだろうし、となだめ気味な彼女の言葉に、コンスタンスの笑顔がぴき、と音を立てたような気がして、クリスが首を竦める。あるいは逆効果だったろうか、うっすらとしか見えなかった怒りのオーラがしっかりくっきり見えてしまったりなんかして、今すぐにでも逃げ出したいなー、などと思うのも無理からぬ話ではあろう。
「本っ気で言ってますか、みのるさん?」
この子がそんなかわいいわけないじゃないですか、と見据える視線が思いっきり怖い。 「自分からくっついて行ったに決まってます!」
びし、と決めつける指先がぐい、と目の前に迫り、クリスは傍らの黒衣の剣士サマならぬHFRに思わずすがりつくように後ずさった。
「…ごごご、ごめんなさいお姉さまっ!」
お言葉の通りでございますーっ、と情けなく悲鳴を上げる彼女を呆れた視線が見下ろす。
「何だ、覚悟していたんではなかったのか?」
「それとこれとは別よっ!」
信彦じゃないけど、想像してるのとリアルタイムなのとでは全然怖さが違うのよっ、とこそこそ囁いていると、にゅ、と伸びてきた手にほっぺたを思い切り引っ張られた。
「いでぃっっ…!」
「痛いじゃないわよ、まったくこのホートー娘!」
いらっしゃい、たあっぷりお灸据えてあげますからねっ、とそのまま頬をつままれて連れて行かれるお嬢さんを見送ったパルスは、やれやれ、と小さく肩を竦める。
「…何処の兄弟も似たようなものだな…」
「親子もでしょ、パルス君?」
お義父様がいらっしゃる前に覚悟しておいた方が良いんじゃないかしら。
そう言いながらにこにこと微笑むみのるの腕の中で、信彦も心なしか引きつった顔をしている。
────無茶をしたときに叱ってくれるヒトがいるというのは良いものなのだが。
まだまだそんな境地には至れない、と深く溜息をつく羽目になったパルス君であった。
「…まったく、アンタって子は!」
「だからごめんなひゃいって〜!」
もう勘弁してよぅ、とべそをかく妹に大きく溜息をついて、コンスタンスがようやくほっぺたを離した。シュゥン、と軽い音を立てて開く扉の前でぐりぐりと頬をマッサージしながら恨めしげな目で見上げるクリスを、中へ促す。
「ほら、入りなさいさっさと!」
「は〜い…」
コンスタンスのラボは、どちらかと言えばすっきりさっぱり、きれいに整理整頓されている。ペパーミントグリーンを基調にした淡い色合いは、殺風景とも取れそうなそこを明るく彩っていた。しかしこの部屋を暖かい雰囲気にしているのは、何より大型のキャビネットの扉に所狭しと貼られた家族の写真や、子ども達の描いた絵だろうな、とクリスは思う。姉の研究室とはいえ、居合わせるときは少ないのであまり来ることもないのだが、そのたび増えているような気がするのは気のせいではないだろう。
「さて、それじゃ聞かせてもらいましょうか。」
片隅に置かれたコーヒーメーカーから薄目のアメリカンを注ぎつつ、立ち上る湯気の向こうでコンスタンスがにこにことそう言った。ふわふわと輪郭はやわらかく見えるものの、張り付けたようなその笑顔は姉がまだ怒りを解いてはいない証拠である。こういうとき下手に受け答えをするのはマズイ、というのは幼い頃からしみついた妹の習性というものであろう。
「…えと、何の話をすればいいですかお姉さま?」
それなら最初から聞きたいことだけしゃべる方がいい、と開き直った質問に、コンスタンスが面白そうに片眉をあげた。しばらく見ないでいるとそれなりに成長の跡が見えるらしい、とでも思っているのだろうか。
「そうね、アンタがどうして一緒に行くことになったのかかしら?」
A-NUMBERS4機の脱走。
それに自分の妹が同行している、とコンスタンスが知ったのは、雷電の修理のためにシンガポールに戻ってきてからだった。拉致された可能性、との示唆もあったのだが、それはない、と彼女は即座に否定した。
クリスが、したくもないことを無理矢理させられるはずがない。
立場上、あきらめることの多い家に育ってきた彼女たちだが、それだけはあきらめたりしなかった。サイン家の人間に何事かを無理強いすることのできる者などないと、誰よりも彼女がよく知っている。
だからこそ、彼女は妹をそうさせた理由に興味があったのだ。
「…だって、面白そうだったんだもの。」
だから、クリスがぽそりと呟いた言葉には説得力があった。そしてそのあまりの『らしさ』についつい笑いを誘われる。叱られるコドモと同じく、怒られると思いながらも仕方なく正直に言ったのだろう、という様子が小さな子供の頃と全く変わっていないところが余計に可笑しいのだが。
「…なるほどね。」
ふう、と大きく溜息をついたコンスタンスを僅かに見上げ、クリスが小さく縮こまるように肩を竦めた。それでいて譲るつもりのない強い意志の光が、見つめてくるその視線には宿っている。
ふと柔らかく苦笑した姉に、クリスがふてくされた顔をしてつん、とあごを反らした。
「何よ?」
「…別に。」
雷電の修理、手伝ってもらうから覚悟しなさいよ、と言いながら、コンスタンスは笑う。
たくさん心配もしたし、たくさん迷惑もかけられた。怒ってもいたし、あきれもしたけれど。
ほんとうは、心配も迷惑も、どれだけかけたっていいのだ。それが家族ってものなのだし、それに。
────面白くなければ進歩がない、それが科学者なのだから。
譲るつもりがないなら、この経験は彼女にとって良いものであったのだろう。
ちょっとうらやましい気持ちも混じっていたのかな、と自分のイライラを振り返って苦笑したコンスタンスである。
結局のトコロ、心の底まで科学者にできているのは彼女も同じなのかもしれなかった。