| 僕と彼氏のチームワーク |
「あー、エララちゃんですぅ♪」
「こんにちは、小さいシグナルさん。」
ぴょんぴょんと元気良くお散歩していたちびシグナルが、たたーっ、と一人の少女ロボットに駆け寄った。動きに連れて薄い紫の髪に光が跳ねる。
「何してたですか、エララちゃん。」
足元のちびをしゃがんだ姿勢で見下ろしたエララが、少し困ったように微笑んだ。傾げた首の動きと一緒に、亜麻色の金糸がさらさらと肩から滑り落ちる。
「帽子が木に引っかかってしまったんです。」
そういえば、いつもかぶっている薄い薔薇色の帽子がない。ちびが見上げると、ちょっとだけ高い街路樹の枝に、ひらひらと桃色のリボンが見えた。
「あれですかエララちゃん?」
「ええ…急に強い風が吹いたものですから…」
飛ばされてしまいました、とエララが苦笑する。見上げていても取れるはずもないのだが、どうしようかと思案していたところだった。
「僕が取って上げましょう!」
えへん、と張り切るちびに、エララが驚いて目を瞠る。ぽんぽんと身軽なちびではあるが、さすがにあんな高さまで届くとは思えない。親切で言ってくれているのが分かるだけに、咄嗟に止めかねたエララにぱあ、とシグナルが満面の笑みを浮かべる。
「見てて下さいねエララちゃん♪」
止める間もあらばこそ。
とてててーっ、と勢いをつけて走り出したちびは、そのままのスピードで木の幹を駆け上がって…そして、ぽて、と落下した。いかにHFRの並はずれた運動能力をもってしても、全ての物が有する引力に勝てるモノではないらしい。
「だ、大丈夫ですかシグナルさんっ?」
「大丈夫です!今度は届きます♪」
あわてて抱き上げた少女の腕の中で、ちびがふにゃぁ、と笑う。小さな手足がわきわきと動くのをきゅ、と押さえて、エララはちびのアメジストの瞳を上から覗き込んだ。
「いいんです、シグナルさん。後でお兄様にお願いしますから。」
「でも僕が取ってあげたいです。」
ダメですか?と問うように紫の水晶がきらきらと光を湛える。零れるようなその輝きに、エララがほんの少し困ったように首を傾げた。
「…そういうわけではないのですけど。」
どう見ても無理、とは思うのだけれどそうも言えない。どう言ったものかと思案する隙にほんのちょっと緩んだ腕から、ぴょいっとちびが抜け出した。
「僕がんばりますです♪」
かぽーん、と気合いを入れ直すちびをエララがおろおろと見下ろす。たたたたたーっ、と走り出したちびは、やはりというべきか2メートルほど駆け上がったところで後ろに仰け反るように落っこちた。
────ただし、今度は地面に落ちる前にぽうん、と跳ね返ったのだが。
「なぁにやってんだちび?」
落ちる寸前のちびを足先で跳ね上げたオラトリオが、再び落ちてきたそれをぱし、と目の前で受け止めて笑った。
「登るならもうちっと普通のやり方のが良かねーか?」
「僕の手は届かないので登れません、オラトリオおにーさん。」
だから走って登るのがいいのです、と物知り顔で威張る弟に、男は笑いを噛み殺した。やれやれ、と思いつつもちびが心底真面目なので、それに付き合ってやることにする。
「しかし何だって登りたいんだ?」
この木に何かあるのか、と見上げる目に見覚えのあるリボンが映る。
「…なるほど。」
男の子だもんな、と納得したオラトリオは、さて、と考え込んだ。オラトリオ自身はというと、やはり木登りは得意でない。何せ2メートルを越す長身である。ジャンプ力もそれほどある方ではないから、代わりに取ってやるというわけにはいかないのだ。
「しかも、お前自分で取りたいんだろうしなぁ…」
どうしたもんかね、と連れを振り返る視線は、薄い氷に跳ね返される。透き通った氷の瞳が、不機嫌そうに眇められた。
「…私にどうしろと?」
お前に取れないモノが私に取れるわけなかろう、とアトランダムは木の枝を見上げた。ひらひらと靡くリボンは、先ほどと同じ位置でひらめいている。
「アトランダムおにーさん、こんにちはです♪」
オラトリオの手の中から、シグナルが小さな掌をひらひらと振って見せた。薄く冷たい青の光が僅かに明るい緑を帯びて、男の表情がほんの少し緩む。
「…よう。」
「おにーさんたちもお散歩ですか?」
「そうそう、仲良しなんだよ実は♪」
な♪と同意を求められて、アトランダムの顔が微妙に歪んだ。
「あ、何だそのイヤそうな顔は!」
「…いや。」
何でもない、と呟く男が嫌がっているのが楽しくて、オラトリオがわざわざからかっているのに気づけないところが敗因なのだが───まあ、それも含めて良いコンビと言えるのかも知れない。
「…あれが取れればいいのか?」
アトランダムは頭上の帽子を指さした。尋ねられた少女が苦笑して頷く。
「すいません、皆様にご心配をおかけして…」
「いいんですよお嬢さん、人騒がせなのはコイツなんですから。」
お力になれない俺が情けないっすー、とそつなく笑ってみせるオラトリオに、アトランダムが呆れた視線を向けた。それからふと思いついたようにもう一度『それ』を見上げる。
「それならひとつ手がないでもないが。」
「何ですかぁ?」
わくわくと身を乗り出すちびをもう片方の手で咄嗟に引き止めたオラトリオは、意外そうに連れの男を見やった。
「…もしかしてマジに考えてた?」
「当たり前だろう。」
お前は考えなかったのか、とこちらも意外そうに問われて、オラトリオがにゃはは、と苦笑する。ちょっと無理かな〜、と思った時点で、ちびをどうなだめるかという方に気を取られていたのだ。帽子は後でコードが取ってくれるだろうと思っていたせいもある。何しろあのお人と来たら妹君方にはからきし弱いのだからして。
「どんなほーほうですか、アトランダムおにーさーん?」
じたばたと暴れながらちびが尋ねる。扱いかねたオラトリオの手からそれを受け取って、アトランダムが上を向けてやった。
「私がお前を投げてやるから、届いたら帽子を掴めばいい。」
できるか?と尋ねる男に、ちびが即答する。
「はいです!上手に投げて下さいねぇ♪」
「…その手があったか。」
なるほどなるほど、と感心するオラトリオをさておいて、アトランダムはしばらく間合いを計るように手の中でちびを遊ばせながら枝を見上げた。時折強まる風に揺れる梢と手の中の重みを比べるように。
「よし。」
男が小さく呟いた次の瞬間、もったいぶった振りも何もなく、唐突とも思えるほど無造作にちびがぽーん、と弧を描いた。狙いは驚くほど正確で、ちびは無事お目当ての帽子に引っかかる。
「おお、お見事♪」
ぱちぱちぱち、とオラトリオがのんきに手を叩く。ちびの重みに耐えかねた枝がしなるのを見上げ、男は僅かに位置を変えた。
「落ちるですぅ〜!」
「はいよ。」
些か情けない悲鳴を引いて落下してきたちびは、用意周到な兄の手の中でその大きな瞳をぱちぱちと瞬く。やや遅れて落ちてきた帽子の方は、アトランダムが受け取った。
「これでいいか?」
無愛想に差し出されたそれに、エララが嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます、助かりましたシグナルさん。」
にっこりと覗き込むように御礼を言われたちびは、兄の腕で照れたように身をよじった。
「お前にしちゃ頑張ったよな♪」
えらいえらい、と髪の毛をかき混ぜる手袋にきゃあきゃあ喜んで、それからちびはえっへん、と胸を張った。
「僕だけじゃないのです!これはチームワークのしょうりというものなのです♪」
僕とオラトリオおにーさんとアトランダムおにーさんが仲良しだからできたのです!
仲良しっていいですねぇ、と満足げなちびの顔を。
エララが柔らかな微笑みで、オラトリオが遠慮ない爆笑で、アトランダムが些か複雑な苦笑で見やった、ある午後の他愛ない話である。