新月闇の奥。
 ほぅ、ほぅ、と啼く声がする。
 
 細く針のような弱い月光に、闇が深さを増すような。
 決まってそんな夜に、啼く声が聞こえる。
 ────── ほぅ、ほぅ。
 森の奥から降ってくる。
 金色の、コドモの上にも。
 ──────ほぅ、ほぅ。
 やさしく、やわらかく。
 降る声の。
 
 
 夜啼きの鳥が森に棲みはじめたのは、いつからだったか。
 ────月だけが知っている話である。
 
 
 
 夜啼きの鳥の子守唄
 
 
 
 「…カカシ、来ておるのなら顔を見せい。」
 溜息のように煙を吐きながら、里長が促すと、輪を描いた煙の向こう側にひょろりと細長い影がすぅ、と射した。
 「───御前に。」
 僅かに背を丸めた姿勢が、この幾月かでぐんと伸びた手足を持てあましているようにも見える。小さな身体から浮いて見えた支給の忍服が、いつの間にかサマになってきたと思えば、なるほど自分も年を取るはずだと、関係のない感慨までを憶えて火影は苦笑した。
 移植した写輪眼が何とか宿主たるカカシを認めたようだと、医療班からの連絡があったのは一週間前。木の葉名家の一つ、うちはの血が伝える血継限界の証。三つ焔の浮かぶ紅い瞳は、人慣れぬ獣のそれにも喩えられる。
 「その様子だと大夫安定したようじゃの。」
 「はぁ、ま、思うようにはいかないですけどね。」
 のんびりと返る答えが、どれほどの血反吐と慟哭の果てに出たモノかを知っている。
 血族以外に懐かぬはずのそれを、カカシは飼い慣らした。こみ上げる吐き気と歪む視界と、暴れるチャクラとをねじ伏せて、カカシはここに立っている。本来ならそれだけで厚遇してやらねばならぬものを、更に命じねばならないのが辛かった。
 
 ─────修羅に落ちよ、と。
 
 カカシを呼び寄せたのは、暗部所属を命じるためだ。九尾の一件以来、慢性的な人手不足に悩む里では、希少な血継限界の秘める戦闘力を埋もれさせるわけにもいかなかった。 そして何より、里の英雄が遺した最後の願いのために、力が必要だった。
 
 四代目火影が封じた九尾は、確かに今もあのコドモの中に息づいている。
 けれどもあの若長は─────憎め、と。
 そう遺したはずではなかったのに。
 
 その身を贄に里を救った幼子を愛せよと、そう遺した四代目の心は、里には届かなかった。荒んだヒトの心は脆く、憎まねば生きてゆけないからカタチあるものを探した。やり場のない怒りを憤りを、ぶつけて許されるモノを。
 それがまだ片言も話せないような幼いコドモだったとしても、憎むな、と人の心に命じることはできない。
 
 ────だから。
 
 火影は重い口を開いた。
 「…カカシよ、お主に暗部を命ずる。」
 「謹みまして。」
 「アレの遺したものを守ってやってくれ。」
 そのために闇に名を成せ。
 いつかあの金色のコドモが忍を目指す、そのときのために。
 他国まで鳴り響くほどの名をもって、心弱き里民の怨嗟の声を抑える。里に並びなき力をもって、心弱き同胞の刃を受け止める。
 それが役目だと、そのための暗部だと、カカシにも分かっていた。
 影が習いの暗部で名を成すことの愚かしさを、互いに口にはせず。
 「宿題にしちゃ面倒ですよねェ。」
 「アレは見込んだヤツには容赦なかったからの。」  
 「ま! それなりに頑張ってみますヨ。」
 気負うでもなく飄々と返す少年に、火影は用意された暗部装束を指し示した。黒漆の箱に収められたその上に、獣の面と一振りの暗部刀。
 
 「火影の命じゃ────生き残れよ。帰ってこい、カカシ。」
 
 「────御意。」
 
 はたけカカシの名をもって。
 
 
 
 



 闇にコドモの泣く夜は、森に夜啼く鳥が出る。
 
 ────── ほぅ、ほぅ。
 森の奥から降ってくる。
 深い、優しい、寂しい声が。
 
 たったひとつのきんいろの。
 泣く子のために鳥が啼く。
 
 ──────ほぅ、ほぅ。
 ふかく、やさしく、やわらかく。
 降る声の、夜啼きの鳥を。
 
 
 
 ────月だけが知っている。