夜啼く鳥の数え唄


────ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ、むぅ、なな、や。
 
歌うように滑らかなそれが、苦鳴と怒号に混じる。
一陣の風で巻き起こったその騒ぎの中心は、たった一人の忍びだった。すらりと細い立ち姿はまだ少年の風貌を覗かせる。その特徴的な装束に、男達から悲鳴とも付かぬ叫びがあがった。
「暗部か!」
袖のないアンダーから剥き出しの二の腕には炎の入れ墨。体をぴたりと覆う白の防具は、隠密という任務の性質上、極端に軽装で、それは彼らの実力の証でもあった。
「…クソッ、強い…!」
白い光が奔り抜けるより早く、彼方此方と苦鳴が上がり、頽れる低い音が響く。それを追いかけるようにまだ若い声が数を落とした。
ここのつ、とぉ、と囁く言葉にはほんの僅かも乱れがない。間合いに踏み込まれて身を引く暇もなく、男達は崩折れた。
 
残ったのはたった一人。
男は、懸命に気を殺して他の気配を探る。先ほどまで感じられた仲間の気配が今は感じられない。自分と同じように気配を殺して潜んでいる者が幾足あるだろう。それとももはや息をしているのは自分だけになってしまったのか。
頭蓋に響く血流の音だけがやけに大きい。物音がやみ、辺りに静寂が戻った。
リリ…と草陰で鳴き出した虫の声に、男の肩が僅かに降りた瞬間。
「…アンタらが悪いんだーヨ?」
僅かに聞こえる自分の息遣いの隙間。
男の耳元に囁かれた声は、その間延びした口調と裏腹に染み入るような静けさで男の背筋を凍らせる。
ぴりぴりと痛いほどに張り巡らせた神経のどこにも、殺気の気配すら感じられなかったのに。
腹の底に冷たい水が流れ込み、その重さと寒さに男の膝が笑った。
この声には聞き覚えがある。必死に視線だけを巡らせれば、視界の隅に銀の光が掠めた。素性を隠す暗部の面でも隠しきれぬそれは、男の絶望を更に深くする。
 
それと同時に、どうにも制御できぬ怒りをもかき立てた。
 
何故写輪眼のカカシともあろう者が。
里の誉れとも謳われる男。暗部の要、千の技を極めた木の葉の技師。
それが何故あんなコドモに。
 
その、身の内を炙るような感情が、男の凍り付いた舌を動かした。
「何でだ!…何でよりによってお前が、化け狐に味方するっ?」
「そりゃー決まってるでショ。」
ぎり、と奥歯の砕ける音が聞こえそうなその言葉に背後から返った答えを、その男は聞くことなく頽れた。
やれやれ、とカカシは血塗れたクナイを指先でしゅるりと回す。
「…約束だからだよ。」
何の約束かは教えてあげないけど、と足下の死体を蹴飛ばしながらカカシが呟いた。
いったい、これで何人目になるだろう。
九尾の狐が封じられた、金色の子供。闇雲にその命を狙う企みは、こうしてカカシが出たものだけでも両手の指に余る。
あのとき何も為す術がなかった輩が、今更あの子どもを狙う気持ちがカカシには分からなかった。九尾を憎む気持ちは分からないでもないが、九尾と器の子は別物だ。感謝こそすれ、憎むなどお門違いもいいところだ、と呆れ果てるくらいである。
 
『あのとき何も出来なかったことを悔やんでおるのだろうて』
 
そう、苦く吐き捨てるように語っていた三代目の言葉がカカシの脳裏を過ぎった。それこそ馬鹿な話だと思う。何も出来なかった自分を直視できないから、対象をすり替えているだけじゃないか。
「ったく、バカは芯までバカだよね〜」
4代目の犠牲の意味も分からず、3代目の裁可を温情に過ぎると言う。
恨み言を呟くだけならともかく、徒党を組んで実力を行使する。
敵うハズもない実力でソレを思いつくアタマの良さには笑いが出るほどだ。
 
 
雉も鳴かずば、という。
 
─────憎むだけなら許してやるのに。
 
 
 
「…あーあ、ホント、やんなっちゃうナァ…」
 
ぱくり、と開いた赤い傷口。
そこから漏れる声なき悲鳴を、いくたび聞けば良いのだろう。
いつになれば、同胞殺しの罪を被らなくて済むようになるのか、カカシには分からなかった。
金色の子供を守るために、選んだ道ではあるけれども。
暗部暗部ともてはやす人間は多いが、この様を見てもそう言えるかどうか。
血と怨嗟の声は、音もなくカカシの鼓膜を震わせる。それを厭う気はないが、好きにもなれない。

けれども、これから先も、カカシは同胞を屠り続けるだろう。こうして、九尾の子が狙われる限り、カカシは自分にそれを課す。
 
───夜の森に幾羽の鳥を鳴かせれば。
 
自分は戻れるのだろう、あの陽の当たる場所に。
「…ま、帰れないかもねェ?」
守るべき仲間だったモノの血を拭いながら、カカシは薄く笑った。
 




ひときわ甲高く、鳥の声が響く。
昼となく夜となく八千八声を鳴き尽くして、血を吐き、事切れるその鳥を。
 
 
帰らずの鳥────不如帰、という。