TruePower
〜本当の強さ〜

 
 西日の眩しさにふと意識を惹かれて、クイックは伏せていた顔を僅かに上げた。虚ろに開いた瞳が斜陽に翳る。憑かれたように繰り返していた思考を手放して、少年は大きく切り取られた夕暮れの空に目を向けた。
 どこかで見たような透き通った光の色に首を傾げ、それから鼻で笑う。
 「アイツの色じゃん。」
 広がった髪がちょうどこんな色をしていた、HFRを思い出してクイックは顔を顰めた。A-numbers、A-N〈Ni-hao〉というそのロボットは、いっそ腹立たしい程に手応えがなく弱かったので。
 そしてそれに続いた一連の出来事を思い出すのは、ひどく彼の気分を苛つかせた。
 
 弱いヤツがやられるのは当然。

 なのに何故、自分はあんなちびに責められなければならなかったろう。
 そして、クワイエットは何故「すまないことをした」と言ったのだろう。

 「…全然分かんねーよ。」
 ぽつりと呟く声は、自分のものとは思えないほど頼りなく耳に届いた。言われ慣れていた『未熟』という言葉が重い。他の誰に言われたよりも、彼に言われたことが重かった。そして自分の『弱さ』を思い知らされたことが。
 オリジナルには負けないと思っていた。今では不思議な位に、何の疑問もなく。
 容易く勝てるとぼんやり考えていた自分が、どこか遠い話に思えるような現実感のなさは体に痛い。身動きするたびに軋むような気がして、クイックは小さく舌打ちをした。
 「未熟って、どういうことなのかなぁ…」
 『弱い』ということではないのだ、とクワイエットは言う。単純に経験値の問題でもないと。

 それでは『未熟でない』とはどういうことなのだろう。

 「軽はずみな行動をとらない、だっけ?」
 クワイエットの言葉を思い出して、クイックは抱えていた膝の上に顎を乗せた。確かに今日の自分の行動は軽はずみだったかも知れない。
 「悔しーけど勝てなかったもんな。」
 相手をよく知らないままに挑んでしまったのはまずかったかなー、とは思う。他のロボット達のことを考えていなかったのも本当だ。
 「…けど、それならアイツらの方が軽はずみなんじゃねーの?」
 戦闘型でもないクセに、挑んできた『それ』を思い出してクイックは面白くない色をその瞳に浮かべた。訳の分からない理屈でまとわりついてきたモノまで思い出し、唇を噛む。弱けりゃ突っかかってこなきゃいいのに、それでも向かってきたアイツらは馬鹿だと思うのに、クワイエットはそうではないと言う。
 

 「A-Nは、自分ではお前には叶わないことを知っていただろうな。」
 クワイエットはそう言って、クイックのジャック・ポッドにケーブルを差し込んだ。
 Dr.クエーサーの資料棟の奥にほんの僅か残された工学用機器の間で、金の瞳が淡く光を弾く。クイックはその透き通った金色を微かに顰めて、己の機体チェックを行っている男に食ってかかった。
 「じゃぁ俺は悪くないよ!弱いのにかかってくる方が悪いんだ!」
 「…『弱い』ことを知るのは、未熟な者には出来ないことだぞ。」
 己が弱いと知って、A-Nは戦闘型を呼びに行かせている。音井信彦はA-Sを探した。自分に出来ることとしなければならないこととを正確に把握する、彼らを未熟とは言えないとクワイエットは言う。
 「お前にはそれが出来まい?」
 この幼いロボットには、自分の力がまだよく分かっていない。比較する対象が少なすぎる上に、経験があまりにも少ないからだ。
 「…A-Sは違ったがな。」
 つまりはそれだけあちらが上なのだと暗に言われて、クイックは悔しさに歯軋りをする。反論したくても出来ないもどかしさは、少年のプライドを根こそぎ浚った。
 「さあ、もういいだろう。」
 答えをくれない彼までもが、自分を見放したような気がして。
 部屋の隅に座り込んだまま、クイックはそれだけを延々と考えていたのだ。

 『未熟でない』とはどういうことなのかを。


 クワイエットが言うなら正しいのかもしれないけれど、納得がいかない。
 だから『それ』を連想させる色までもが嫌いになりそうだった。

 「やっぱ分かんねーや…」
 アイツのどこが自分より上なんだろう。ほそくしろい首や華奢な手足、荒い呼吸の音や最後まで気丈に見つめていた黄玉の瞳を思い出して、クイックは苛々と爪を噛んだ。
 アイツなら、答えをくれるだろうか。

 あの陽の色の瞳なら。

 太陽が薄藍に沈んだその後も。
 夕暮れの薄い橙の光が、瞼の裏に残っているような気がした。