WeakPoint


 HFRにとって、暑さは最大の弱点である。
 
 大抵の場合、精密電子機械は暑さに弱いものだが、とりわけHFRの場合は膨大なデータ処理を常時行っているので、その廃熱たるやそんじょそこらの家電製品と比べてもらっては困るというものだ。まあうまくしたもので、その処理機構の方もバランス良く高機能を誇っているのだから通常は問題がないのだが。
 しかし、問題がないからといって好きになれるものではないらしく。
 「暑いっ!」
 底抜けの青空が地平近く広がる、どこまでも開けた草原のさなかに、ぽつんと建った研究所。研究所と言っても大きめのロッジという感じのその一室で、オラトリオは今日何度目かの不平を零した。
 『…外気温摂氏38.5度だからね。』
 「ちくしょー、何だってこんなとこに研究所なんぞ…」
 『仕方がないだろう、野生生物研究所なんだから。』
 ライオンが見られるかも知れないし、と宥めるように微笑む相棒に向かってオラトリオが唸る。
 「嫌ってほどご覧になれましたとも…」
 キリンも象もカバもなーっ、と吼えるオラトリオに、ビデオで見た雄ライオンを連想してオラクルはくすり、と笑った。 のんびりと寝そべる豪奢ないきものは、〈ORACLE〉でくつろぐ守護者の姿によく似ている。怠けたがりのところも。
 『…何笑ってんだよ?』
 それでも、かの獣が『百獣の王』と呼ばれるように。
 彼が自分のために、牙を剥く瞬間があると知っているから。
 
 自分は彼に甘いのだろうか?
 
 「この次は、もう少し涼しいところにしてやるから。」
 『…ホントだな?』
 うっそりと画面を覗き込むオラトリオに苦笑して、オラクルはもうひとつのウインドウを呼び出した。高速でスクロールしていく監査請求の中から、ふと目を引いたひとつの名前がすうっと浮き上がる。薄く青に明滅するその研究所なら、オラトリオも気に入るかも知れない。
 「ちょうど良さそうなのがあるから、次はそこにしよう。」
 早く終わるといいね、と申し訳なさそうに微笑むオラクルに、オラトリオも諦めたように力無く笑って見せた。
 『しょーがねーな、んじゃもうちっと頑張っか。』
 弱みというのはいろいろあるもので。
 実は知られざる最大の弱点は、彼の場合こんなところにあるのである。
 
 ───たとえどんな目に遭ったとしても。
 
 
 「お前っ!何だこの出張先は!」
 ようやく監査を片づけて帰ってきたオラトリオが叫んでいるのには訳がある。
 「え、だって涼しいところじゃないか。」
 オラトリオが突きつけた書類の束に面食らいながらも、オラクルが首を傾げた。アフリカ出張は暑くて大変そうだったから、次は涼しそうな国を選んだつもりなのに、何故彼は怒っているのだろう?
 「いくら涼しいったってなー、真冬の北欧なんざ冗談じゃねえぞ!」
 「す、涼しいよ?今日は零下15度って言ってたし…」
 おどおどと言い募るオラクルをぎろりと睨み付け、オラトリオは相棒に押しつけた紙束をひったくるとデータに変換して読み込みながら唸るように零した。
 「そういうのは寒いって言うんだ、この世間知らず!」
 
 どうやら、オラトリオの受難はまだまだ続くことになりそうである。