| 真冬の花火に |
「…へぇ、それはにぎやかだったね。」
開いたウインドウに向けて、オラクルが微笑んだ。相手はどうやら信彦とシグナルらしい。書庫から戻ってきたオラトリオが目をやると、裏返しに見えるスクリーンの向こうで信彦とシグナルが笑っているのが見えた。
『うん、すっごい人混みだったけど。』
『楽しかったよな、信彦♪』
どうやら年末に遊びに行ったテーマパークの話をしていたらしい。そういえば、とそのテーマパークのメイン・キャラクターをあしらったメールを年賀にもらったことをオラトリオも思い出した。
『みんなでカウント・ダウンしてさ、花火が綺麗だったよ。』
『ああ、あれすごかったよねシグナル♪』
「おー、カウント・ダウンに行ったのか。」
あれって抽選かなんかなんだろ、と画面を覗き込んだオラトリオに、少年たちが興奮した口調で報告する。
『今度はさぁ、オラトリオも行こうよ!』
『すっごく楽しいからさ♪』
口々に誘う言葉に内心で苦笑を漏らしつつ、男がひらひらと手を振って見せた。
「よせよせ、俺はそういうトコは可愛いお嬢さんとしか行かねぇの。」
『えー…』
『どうせ口だけなんだろ、ねぇオラクル?』
男の脇で笑っている管理者に、シグナルが同意を求める。口元で笑いを抑えつつ、オラクルが首を傾げた。
「さあ、どうかな。そちらのことは私には分からないからね。」
『せーっかくオラトリオたちの分もカード書いてきたのにさぁ…』
ほんとに行かないの?と信彦が首を傾げる。ショッピング・モールの広場の中央に立てられた巨大なツリーに、自分の名前を記したニューイヤーズ・カードを結び付けて来たらしい。また来られるように、と願いを込めたカードをそれぞれに記して、なるべく高い枝に付けようと四苦八苦した様を身振り手振りで熱心に説明してくれる。
「んー…お兄さん、年末は忙しいのよ。」
心惹かれる風を装いながら、オラトリオが苦笑した。正確に言えば年始も忙しく、忙しくない時期は一年を通してないと言っても過言ではない職業柄、そうおいそれと約束できるものではない。それに、と傍らをこそりと見やった男は内心に呟く。
───そういう記念日に一緒に過ごしたいヤツがいるんだよ、俺には。
『それじゃしょうがないかぁ…』
つまらなそうに口を尖らせた少年たちに笑って、男は狭い画面をオラクルに明け渡した。二人で覗き込むには少々無理のある姿勢になっていたのを、直した弾みにさらりとオラクルの髪が揺れ、オラトリオの鼻先をふわりとくすぐる。思わず身を引いた男の前で、オラクルは微笑んで会話を続けている。
「楽しい休みで良かったね、二人とも。」
『うん、楽しかった♪』
『今度はマリエルちゃんとかも誘おうな、信彦♪』
早々と来年の計画を練り始めた二人を笑顔で見送ったオラクルが、ノイズだけになったウインドウを閉じながらふと首を傾げた。
「…そういえば、気になってたんだが。」
んー、と書庫から取り出してきた本をカウンターで物色しながら、オラトリオが上の空で相槌を打つ。
「確か、七夕も花火も夏の行事だと聞いたんだけれど。」
「…ああ、まぁそうだな。」
「じゃあ、今日本は夏なのかい?」
「…オラクル〜…」
開きかけていた本にぱたりと伏せるように、オラトリオの声が力無く漏れる。何をそう勘違いしたかは分かりすぎるほど分かるのだけれど、なんとも脱力を誘う話だ。
「…どうしてそうお前は融通が効かねぇんだ!」
「だって、花火は『夏の風物詩』だって言ってたじゃないか。」
願いをかけたカードを木に吊すのは七夕の風習だし、と大きく瞠った瞳がひとつ瞬き、それいっぱいに疑問が零れて落ちる。確か北半球は冬のはずだからおかしいとは思っていたんだけど、とどこか途方に暮れた子供のように呟くオラクルに、オラトリオはしょうがねぇな、と言いたげに笑って見せた。鋭い光を宿すこともあるその紫の瞳が、ひどく優しい色に霞んでいる。ここより他に知る場所のない電脳の賢者の、現実(リアル)を知らぬは男にとって愛おしくもある。
「…まあ、大体はそうなんだよ。」
けど、結構大きい催し物の時なんかは景気づけに花火を上げるし、七夕の時は笹に短冊を吊すんだったろ、と説明してやると、オラクルは「ふうん」と気のない相槌を返した。
「何だ、つまらなそうだな?」
冬は空気が澄んでるから結構綺麗だぞ、と首を傾げたオラトリオへ、青年はつまらなそうにカウンターに積まれた本をぱらぱらと捲りながら返事を返した。
「…だって、今度の夏はお前が一番好きな花火を見せてくれるって約束したろう?」
「ああん?」
確かにそんな約束はしたな、と胡乱な表情を浮かべながら話の先を促すと、僅かに上気した頬を隠すように開いた本を引き寄せたオラクルが、早口に呟く。
「…だから!」
もう夏になったんならいいのに、と思ったんだよ!
一瞬、大きく見開いた暁の瞳が、ふわりと和む。前言撤回、と己の言葉を振り返りつつ、オラトリオは本をちょい、と指先で引っかけて青年の顔を覗き込んだ。
「ふぅん?」
「…何だ。」
「世界で一番のにしてやるからな♪」
「…言ってろ。」
たとえば、記念日でなくても。
────たくさんの日をこれからも一緒に過ごそう。
くすくすと楽しそうに笑って、オラトリオがひとつ約束のキスを落とした。
お前となら全てが『特別な日』だから。