言葉にできない


 
 お前のことが好きだよ。
 
 さらりと落ちる雑音(ノイズ)の髪、しなやかな手触り。
 まっすぐに見つめる雑音(ノイズ)の瞳。
 耳に心地よい静かなテノール。綴る穏やかな言葉。
 
 柔らかな微笑み。
 人当たりの良いおっとりした性格と、遍く叡知を司る『賢者』としての厳格さと。
 何者にも分け隔てなく知恵の身を与う公平さ、何者にも不当に屈せぬ誇り高さ。
 
 誰よりも強いこころ。
 
 言葉では表せないすべて。
 
 
 
 
 己の片割れながら、と思うことがある。
 ぼんやりとカウンターに片肘を付いたオラトリオは、見るともなく向かい側の相棒を目で追いながら思考を巡らせた。
 先ほどからデータの整理に追われているオラクルは、幾つか宙に開いたウインドウの向こうで忙しく資料の検索をこなしている。
 よく似た顔立ちに浮かぶ真剣な表情は、薄く光るウインドウの向こうということもあって自分のそれに近いような気がする。常はあまり意識しないが、確かにこうして見ると自分とオラクルは似ているのだろう。
 最初はそんなことは思いもしなかったな、と苦笑する。自分とは違う、嫌なところばかりが目に付いたものだが、今ではそれが八つ当たりだったと自覚している───いや、どちらかといえば、自分と異なるところばかりをむきになって探しては嫌っていたと言うべきかも知れない。
 『こんなヤツのスペアなのか』と───
 ちっとも似ていないことが腹立たしかった。仮に一から十まで同じだったとしてもそれはそれで同類嫌悪に陥りそうだから、今なら素直に感謝できるけれど。
 「…まあ、幸せモンだってことだな。」
 「───さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ?」
 呆れたように覗き込む雑音(ノイズ)の瞳に笑って、オラトリオは大きく伸びをした。
 「いや、何でもねーよ。」
 「何でもない、じゃないだろう。」
 人の顔を眺めて笑っていたくせに、とオラクルが口を小さく尖らせる。見ていないようでしっかり自分のことは見ている、そんなところも。子供っぽい表情が妙に似合うところも。
 「やっぱり好きだなぁ、と思ってさ。」
 オラトリオが悪戯っぽくウインクしてそう言うと、一瞬きょとんと瞬いた瞳が疑問を浮かべた。
 「…何が?」
 相変わらず鈍いところも、知りたがり屋のところも。
 「ひ・み・つ♪」
 全部好きだけどな、とオラトリオは喉の奥でくつくつと笑った。言ってやれば喜ぶだろう、とは思うけれど。
 これは自分だけの秘密だ。
 
 ────どんなにお前のことを好きか、なんて。
 
 分かりやすく機嫌を損ねているオラクルを、よしよし、と宥めてやりながら男は苦笑した。言うのは簡単だけれど、簡単に言ってしまうのはもったいない。気持ちに勝ち負けはないとは思っても、何だか悔しい気がするのもあるし。
 「…教えてくれたっていいのに、意地悪なんだから。」
 拗ねたように上目遣いで見つめてくる青年に微笑んでやりながら、オラトリオは目の前の柔らかな髪をくしゃりとかき混ぜた。
 「───何だ、知らなかったのか?」
  
 
 
 
 
 お前のことが好きだよ。
 言葉にはできないくらい───だから言わないけど。