Between the words and hearts
言葉と心の間


 ────ときどき、遠くを見ている。
 
 まただ、とオラクルは思う。
 オラトリオはときどき、ここではないどこかを見ていることがある。
 カウンターに頬杖を付いて、お気に入りのソファに深く寄りかかって、聞こえないように溜息をつきながら、どこか遠くを見つめる。
 そのときどきによって浮かべる表情は違うけれど、瞳の色だけはいつも同じだ。冷たく張り詰めたような、さみしいいろ。いつもは暖かな、深く深く透き通った紫の色をしているのに。
 オラクルは心の中で小さく苦笑すると、手元にお気に入りの茶器のセットを呼び出した。生成の色に近いあたたかな純白に、薄く彫り込まれた蔦の葉の紋様。ほどよく温まっているそれに紅茶の葉を落として、たっぷりのお湯を注ぐ。
 やがてふんわりと湯気に乗った香気に、オラトリオの疲れたような顔がふっと和んだ。声をかけてしまえば、何でもない日常が帰ってくるのも知っている。
 けれど、そうしてしまったら、きっとお前は何でもない、と言うのだろう。それはちょっとつらくて哀しい、たとえお前自身それを嘘と思っていなくても。
 優しい、やさしいお前。
 例え何があっても、オラトリオはそれをオラクルには見せない、聞かせない。ここから先は俺の領域だ、と明確に線を引いて、そこから先は気配すら悟らせまいとする。時には自分自身さえも騙して。
 ────だけど、私には分かるんだよ?
 誰よりも、多分お前自身よりも、私はお前だけを見ているから、とオラクルは目を細める。
 例えば、鈍く濃い黄金の髪が、ほんのわずかな波を描いていることとか、意外と細くしなやかなこととか。透き通った菫色の瞳が、考え込むときには浅く青みを帯びることも、怒ったときには冷たく白い光を閃かせることも、微笑むときには甘く実った葡萄色を沈ませることも。
 どんなときにどんな反応を見せるか、どんな小さな仕草も、どんなささやかな癖さえも。
 大切に大切に見つめてきたから、知っているよ、と。
 
 お前が造られたときから、私はお前だけを見てきた。
 お前が《ORACLE》のためにだけ造られたというなら、『私』はお前だけのために創られたのだから。
 
 私のこの瞳は、お前を見つめていたいと思うから。
 私のこの耳は、お前の声を、言葉を、逃さず聞き取りたいと思うから。
 私のこの腕は、お前に触れてみたいと私が思うから。
 
 
 そのためだけに創られたと、お前だけが知らない。
 
 ────だから、私も黙っていよう。
 オラクルは、くすくすと笑みを零した。隠し事の下手な、優しいお前のために。
 
 「…何だよ?」
 「何でもないよ?」
      
 ────言葉と心の間に隠れているものを、きっとお前も知らないけど。

 きっといつも聞いている、どんなに小さな声でも、たとえ言葉にならなくとも。



甘いような紅茶の香りが、ふわりと空気を揺らした。