雨は夜更け過ぎに
 雪へと変わるだろう
 
 
 
 さらさらと紙の上を滑ってゆく音がふと途切れ。
 「…?」
 書き物をしていた手を止めて、青年が何かを探すように視線を泳がせる。
 すう、と冷えた気配が〈ORACLE〉に漂いはじめたのに一瞬首を傾げて、それから遙か高みに設えられた窓を見上げたオラクルは、小さく溜息をついた。
 「あぁ、雪か…」
 オラトリオが訪れている土地の様子を知りたくて、その観測所の外部監視カメラから画像を繋いでいた天窓。そこにちらちらと舞い降りる白い欠片が、見る間に大きなものになってゆく。この分ではそう時を置かずに積もりはじめるだろう、と瞳が曇った。
 
 
 『…戻れないかもしれないなぁ。』
 
 監査先からの通話でそう言っていたことを思い出す。
 年の瀬も押し詰まったこの時期に、外部の監査が入るのは珍しい。どの研究所もクリスマス休暇などで人が減ることが多いからだ。象牙の塔に住まう人種でも、この時期はそれなりに世間並みなイベントを楽しむ者が多いと見える。
 反対にこの時期でないと都合のつかないところもある。今回の監査先は極地でのオーロラ観測などを行っている観測所だった。見られる時期がごく限られているため、どうしてもこの時期にならないと人が揃わない。だから仕方がないなと言いつつ、オラトリオは出かけていったのだ。
 ─────それでも、彼は帰ってくると約束したのだけれど。
 「…雪にならなければ帰れた、かな?」
 そんな言葉が零れてしまったのは未練だろうか。
 極地は通信環境も交通の便も極端に悪い。それに文句を言っても始まらないことは重々承知しているけれど、それでも、やっぱりこんな日くらいは一緒に過ごしたかったな、と思ってしまう。
 当てにはならないな、と笑いながらも、こっそり用意したクリスマス・ツリー。足下に堆く積み上げたプレゼントの箱。金色に光を弾くシャンパンの泡、こんがり焼けた鳥の皮。苦手だと渋い顔をするだろうけれど、雰囲気を楽しむための小さなホールケーキ。
 せっかくのお楽しみも、一緒に過ごす人がいなければただの飾り物だ。
 いつの間にか、日付さえ変わろうとしている。
 「メリークリスマス、オラトリオ。」
 言えずに終わったそれを口に乗せて、オラクルは小さく笑った。一人で過ごすクリスマスは、思い出してみれば初めてじゃない。二人で過ごすことが確かに多かったけれど、都合がつかないことは今までにもあった。
 「…だけど、今年は…言いいたいことがあったんだよ、お前に。」
 手元に書類をまとめ、革製のファイルに挟むと、もう一度天井近くの窓を見上げる。先ほどの舞い降りる優雅さが嘘の様に、白い飛礫は硝子を叩いていた。
 「やっぱり、叶わないんだよね?」
 伝えられたら叶うと思っていたワケじゃない。オラトリオがここにいても、伝えられたかどうか分からない。
 今日なら、と思ったそれは、何度も何度も、言おうとしては飲み込んできたもので。
   
 
 「─────馬鹿。」
 
 こっそりと呟いた、その言葉はひどく頼りなく響いた。
 
 
 
 
 まだ消え残る 君への想い
 夜へと降り続く────────────