名残雪


 季節はずれの雪が降る。
 
 ふわりふわりと舞い降りてきた白いカケラは、地に落ちるとすうと消えてゆく。次から次へとそうして消えてゆくものを見るともなく眺めながら、カカシは疲れに強張った身体から僅かに力を抜いた。
 「…コイツ…雪のたくさん降る村で生まれたんだ…」
 嗚咽をこらえるようにぽつぽつとナルトが紡ぐ言葉だけが、静かな空気の中に響く。
 「そうか…」
 きゅ、と掴まってくる手の温もり。
 「雪のように真っ白な少年だったな…」
 鬼人と呼ばれた再不斬が、何故この少年を連れて歩いたのかが分かるような気がして、その温もりをぽん、と軽く叩いてやる。暗部にいた頃の自分なら考えられなかったこと。
 
 ────── この温もりを感じていたい、と思うこと。
 
 「…さて、行くか。」
 サスケの手当もしなくっちゃな、と背中を押してやる。後で墓を造ってやろう、と言うと、ぐいと袖で乱暴に顔を拭ったナルトが、「そうするってばよ!」とくしゃくしゃの顔で笑った。
 「それにしても、ヒドイ有様だな、お前ら…」 
 改めて見てみると、傷がひどいのはサスケだけとはいえ、ナルトもサクラもどろどろの格好をしている。とりわけ涙と鼻水でぐしゃぐしゃに強張った顔はひどいモンだ。
 そういうカカシも全身に乾き始めた返り血やら何やらがこびりつき、そこかしこに負った傷も深手はほとんどないが結構な数である。
 「そーいうカカシ先生だってひどいカッコだってばよ!」
 「…あのねー、お前らと一緒にしなーいでよね…」
 男ががっくりと肩を落とした。
 一挙に戻ってきた日常に、力が抜ける。
 今頃自分の顔に気づいたのか、慌てたようにごしごしと顔を擦り始めたサクラに、「擦ると腫れるぞ」と腰のポーチから竹筒を出してやると、ほんの僅か、表情が緩んだ。
 「ありがと、センセ。」
 「…おー…」
 くしゃ、と淡い桃色の髪を撫でてから、サスケの首の具合を見る。とりあえず出血がないことを確かめ、くい、と千本を引き抜くと、噎せたような小さな声が零れた。
 「あー、も少し喋るなよ?」
 胸元のホルダーをぱちりと開けて薬を取り出す。本格的な手当は後でするとしても、とりあえずの止血剤くらいは貼っておかなくてはならない。
 「…これで良し、と…」
 やれやれ、と胸を撫で下ろす。見たところではさほど深い傷ではなく、しばらく喋るのに苦労するくらいで済むだろう。よくやったな、と撫でてやると、黒髪を煩げに振るったサスケが、ほんの少し照れたように俯いた。
 「サスケってば、大丈夫かってばよ!」
 覗き込んでくる黄色い頭をくしゃくしゃにかき混ぜて、「大丈夫だけどな、もうしばらく喋らせたらダメだぞ」と言ってやると、安心したように鼻の上を擦って笑う。
 
 
 ──────コイツらを、守ってやりたいと思う。
 
 
 
 「さ、行くぞ…」
 差し伸べた手の先にある、この温もり。 
 お前達が自分の道を選ぶまで、守り抜くから。
 
 季節はずれの雪のように、いずれは消えてゆくのが忍の運命だとしても。
 それが少しでも遅くなればいい。
 
 
 
 だから、一緒に行こう。
 
 
 
 ───────この雪の向こうへ。