「おおっ、エチゼンクラゲちゃんはっけーん!」
ぷかぷかと浮かぶ小船の上から、ハロルドのご機嫌な声が聞こえてくる。
「おいおい、俺たちゃこんなのん気に遊んでていいのかぁ?」
「目的もないってのにどうしようって言うのよ。カイルとリアラも帰ってこないし〜。」
エルレインから衝撃の事実を告げられてから、2日。
カイルはいまだ道を見つけることが出来ず、少し意気消沈している。
それを見兼ねたリアラが、二人が初めて出会った場所、ラグナ遺跡へ
行こうと誘い、他のメンバーはクレスタで留守番だ。
エルレインの動向も気になるところなのだが、あれ以降これといった動きもないし
何よりカイル自身がしっかりしてくれなくては、こちらも動きようがない。
「ま、今は何も考えないで遊んでおけばいいんじゃない?そのうち嫌でも
・・・戦わなきゃいけなくなるんだし、さ。」
「そりゃ・・・そうだけどよ・・・。」
「んじゃ、そういうわけであたしはちょっと泳いでくるよ。」
そう言うが早いか、ナナリーは小船から海へ飛び込んだ。
「・・・で、なんでは水着の上にタオルなんざ巻いてんだ?」
ロニがいかにも残念そうに、の方を見る。
ハロルドもナナリーも水着に着替え、海を満喫していたりするのだが
ジューダスは勿論のこと、も何故か水着の上に上着を羽織り
その上タオルまで頑丈に巻いていた。
「ジューダスは仮面まで外してるってのに。」
「ハロルドに無理やり取られたんだ!・・・全く、何故僕がこんな事を・・・。」
「その割には釣りに没頭されていらっしゃるようですがジューダス君。」
「うるさい黙れ。」
一体どこから持ち出してきたんだ、と思うぐらいの道具が揃っていた。
多分、ハロルドがどこからか調達してきたのだろう。
「・・・ロニ、泳いできたら?」
「いーやいーや、俺にはやらなければならない事があるんだ。」
「なんじゃそりゃ。」
「それは!の水着姿をじっくりと拝むことだ。」
くいっ
「イテッ!・・・ってどわっ!」
空中から飛んできた釣り針が、見事にロニの髪を引っ掛け
その拍子に海へザッパーンと転落してしまった。
そのまま彼が上がってこなかったので、は少し心配したのだが
しばらくすると小船から少し離れたところで、ロニの頭が浮いているのが見えた。
「いきなり何しやがんだこの仮面ストーカー!」
「変態に言われたくない。」
「何だよ、実はお前も見たかったりするくせに変態仮面。」
「誰が変態仮面だ!」
いやお前しかいないだろ、とハロルドとが密かにツッコんだのだが
それは誰にも聞こえない。
「じゃ、俺も泳いできますか。」
何食わぬ顔で、ロニもそのまま沖の方へと泳いでいった。
ナナリーが行った方向だということは、誰もが気付いていたが
口に出す者はいないようだ。
これでやっと落ち着ける、と思ったのも束の間。
ハロルドがとんでもない事を言い出した。
「ねーアンタ達、クラゲちゃんもっと釣りたいから降りてくんない?
それともこの中に混ざりたい?」
「ま、混ざる・・・?」
は恐る恐るハロルドが釣り上げたクラゲの大群を見ると
大きなクラゲがでろーんと積み上げられて、少々グロテスクだ。
「い、嫌だ、絶対嫌だー!」
「そんじゃ、一通り解剖したらちゃんと迎えに来てあげるから〜・・・っと。」
「ちょ、ちょっと何すんのハロルドっ!」
ハロルドはいつもの調子で、二人の背中を押して海に突き落とした。
「さーて待っててねん、エチゼンクラゲちゃ〜ん。」
あやしぃ笑みを浮かべ、クラゲを探しに小船は沖の方へと離れていく。
やっとの思いで海面に顔を出したジューダスだったが、辺りを見回しても
の姿が見当たらないのに気付いた。
「・・・あいつ、そういえば・・・!」
ジューダスがもう一度海の中へ潜ると、は意外と簡単に見つかった。
だが何やら彼女は一生懸命に何かを引っ張っている。
よく見てみると、身体に巻いていた上着とタオルが海藻に絡まって
身動きが取れず大変な状態のようだった。
(上着を脱げばいいことだろうが!)
ジューダスはの身体を抱え上着を脱がせると、一気に海面へと上がる。
「・・・ぅう〜・・・水飲んじゃった・・・。」
けほけほと苦しそうに咳き込みながら、はジューダスにしがみついた。
「この馬鹿が!上着なんぞどうでも・・・!」
そこまで怒鳴りかけて、ジューダスはハッと気付く。
今は彼女の背中しか見えないが、その背中にたくさんの傷があることに。
便利屋という仕事をしていたためか、小さな傷から大きな傷まで。
多分、これを見られたくなかったから上着を離したくなかったのだろう。
「ハ、ハロルドめ・・・いきなり突き落とすなんてこと普通する!?」
「・・・おい、・・・。」
「ん?」
「い、いや何でもない。」
思ったよりも近くでの声が聞こえたため、ジューダスは少し焦る。
「確か、お前は泳げなかったな。大人しく掴まっていろ。」
「そうする。」
はジューダスの身体に腕をまわした。
予想外の行動に、彼は少し驚いたものの何も言わず岩陰の方へと泳ぐ。
そのうち離してくれるだろうと思っていたジューダスだったが
岩陰に到着しても、一向に手を離す気配がない。
「・・・おい、そろそろ手を離せ。」
実は、ぎゅうぎゅうと胸のあたりを押し付けられているので
早々に離れてほしかったりするのだ。
意外に柔らかいだとか。
触れ心地がとても良いだとか。
歳相応の少年らしく、ある現象が起こりそうで怖かったりするだとか。
「や、やだ、だって沈むかもしれないじゃないか。」
「そう簡単に沈むか!いいから早く離せ。」
頼むから離してくれ。
ジューダスは自分自身と戦いながら、心の中でそう懇願する。
「・・・こんなチャンス滅多にないんだし。」
しかし、彼の頑張りもの言葉で空しく崩れていくのだった。
「・・・チャンス?」
「えっ、な、なんか目が怖いんですけどジューダス君・・・。」
あまりにも低く掠れた声が聞こえてきたので、は恐る恐るジューダスの
顔を見上げる。
しばらく沈黙。
としては、このまま抱きついていたいなーなんて考えていたりするのだが
どうも目の前にいる彼はそうではないらしい。
「自分の言葉にもっと責任を持った方がいいんじゃないのか?」
静かな声がまた怖い。
「こ、これからそうします。」
「そうだな、身体に覚えてもらった方がいいかもしれないな。」
「却下却下!そういう事は真昼間からすることじゃないでしょーが!」
「僕に夜まで待てと?」
なんですか。
もう準備万端ということなのですか。
「う、海の中なんて絶対やだー!・・・せめてスタンダードに順序良くさぁ・・・。
いやそれ以前に誘ってないし!」
「順序良く進めば問題ないんだな?」
意外にあっさりと引き下がったように見えたが、ジューダスは何か意味ありげな
笑みを浮かべている。
何か妙な事を言い出す時の顔だ。
「問題・・・な、ない・・・かな・・・?」
「・・・なら。」
ジューダスは一つ咳払いをして、伝えるべき事を頭の中で整理する。
「その・・・お前が言えというから仕方なく言うんだが、何と言うか
・・・僕は、お前の事が・・・・・・・。」
そこまで言いかけたところで、の肩に手をかけようと
ジューダスが真っ直ぐに向き直ると、彼はしばらく放心した。
がいない。
いや、正確には沈んでいた。
慌てての身体を引き上げ、腕で支えてやると
先ほどと同じように彼女は苦しそうに咳き込んだ。
「人が真面目に話をしているのに勝手に沈むな!」
「しょ、しょーがないでしょーが!君がいきなり手ぇ離すからー!」
「もういい、順序なんぞ飛ばす!」
「飛ばんでいいっ!」
何やら雲行きが怪しくなってきたところで、ハロルドが迎えに来てくれたのだが
当の二人は小船の上でも下らないことで喧嘩を続けていた。
「おっかしーわねー・・・どこでどう間違えたのかしら〜?」
といいつつ、ハロルドの顔は何故か満足げだ。
その夜、どういう状態になったのかはまた別の話。
―――――――――――――――
だいぶ前にテイルズ夢企画へ投稿したブツです。
あれ?いつのことだったっけ・・・。
珍しく二人の距離を縮めてみました。
・・・でもどこで間違えたんだろう?(笑)