季節外れの白鳥
青森県に雪が舞い始めるのは11月下旬。それより前、周りが寝静まった深夜に白鳥の鳴き声が我が家の上空を渡って行く
のが聞こえる時がある。ああ、いよいよ冬だなと思うほどの寒さではないが、外に出て白鳥の姿を眺めに出るほどの暖かさでもさい。それから徐々に寒さが深まり、雪と氷の世界に覆われるのが常である。
私が知っている限り、白鳥は小川原湖でも尾駮沼でも見ることができるが、おだやかな日だまりの中で見るなら、夏泊半島に限る。下北半島への入り口にあたるので、本稿で紹介しますが、JRの小湊駅から歩いて20分程度。浅所海岸に白鳥の群れを見ることができる。そして4月を過ぎて、春になるころには北の方に飛び立っていきます。
しかし、今年は珍しく白鳥が2羽越年していますので、写真を紹介しておきます。丹頂鶴は一生つがいで連れ添うので、片方がケガして飛べないとなると一緒に越年する、と北海道を旅したときに聞いたことがある。白鳥もそうなのかどうかは分からない。地元の新聞でも特に報道された記憶がないのですが、何かの事情で下北においでの方は、白鳥を見に足を延ばしてみたらいかがでしょうか。
六ヶ所・核物質輸送橋の建設進行 核燃料及び核廃棄物の輸送阻止の闘争は、国道338号線を跨ぐむつ小川原港の交差点で行われてきた。輸送が行われる時間帯は、輸送車両の妨げにならないよう一般車両が通行規制され、338号線のバイパス
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に迂回させられる。輸送船から降ろされた核物質は、専用の車両に積み替えられ、抗議に集まった人の群れと対峙する。そして、警察官による退去の勧告。更には交差点の前を占拠した抗議の面々を約2百名の警察官が強制的に排除して、輸送車両の通れる道を確保してから、輸送車両が通り過ぎて行く。
この輸送中止の闘争への参加者は、残念ながら年々減少傾向にあるが、輸送のたびに警察が介入して、一斉排除に及ぶまで輸送が滞るのを面白く思っていないらしく、日本原燃のために輸送道路を独自に確保する準備が進められている。
このコースは、むつ小川原港から真っすぐ北に向かい、石油備蓄タンクの手前から直角に曲がり、日本原燃の専用道路に橋を渡ってつなげるものである。その工事は既に着工されており、来年の今ごろには完成しそうであるが、その工事の進行状況を写真に撮ってあるのでご覧いただきたい。6月に写したときはまだ林を伐採したくらいだが、10月8日に写した際には、橋脚の土台ができあがっていた。
土台の高さはそんなにないので、仮に橋が完成しても輸送車両を
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睨むことはできそうだが、放射線の影響調査をするのには支障が出そうである。
なお、この橋の下は国道338号線であり、一般車両の通過中にでも核物質の輸送が行われることが予想できる。バイパスを迂回させてきたこれまでと違って、核物質輸送車両の転落事故が発生した場合には、連鎖事故になる可能性が高い。放射線の漏洩と、輸送中の巻き込み事故の可能性を訴え、輸送そのものの危険性を広めて行かなくてはならない。
六ヶ所・鷹架小学校の解体 むつ小川原開発時代に学校であり、その後日本原燃の前身である原燃サービスの事務所
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に使われた鷹架小学校が、解体された。たまたま解体中の9月9日に撮影し、10月8日に空き地を撮影した。
ここでの思い出は、元六ヶ所村長寺下力三郎さんの肖像権侵害事件(「ふかだっこ」という原燃の広報紙の表紙に、寺下さんに無断で撮影した写真が掲載されたことに抗議して、提訴した)での苦情を申し述べに同行したことである。確か、3度行き、3度目が金網越しでらちが明かないというので、提訴に踏み切った覚えがある。
あのときの元気な寺下さんと、寺下さんより先に亡くなった中村新次さんの面影を、建物の解体と同時に思い浮かべた次第である。
東通原発・1号原発着工 10月にも本格着工と報道され、まもなく着工のセレモニーが行われるのだろうが、森に囲
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まれた現地では割と静かなたたずまいである。それでも、東通原発PR館の3階にある単眼鏡で覗くと、工事現場に屋根付ドームが建設されているかのように見える。
一方、港の工事現場は遮蔽物がないので、建設予定図と見比べて配置を予想するには好都合である。3階には他に目立った展示物がないので、来館者も長く留まることはない。じっくりと眺めて、将来の新燃料なり使用済み核燃料の搬入・搬出行動の戦略を構想するのにも好都合である。
大間原発・道路と港の工事進行 大間原発に反対する地主がビニールハウスを建てたと聞いたので、実は取材に出掛けたのであるが、残念ながら現場を発見するには至らなかった。地図で見るとそんなに広くない敷地だし、車で1周するのにもそれほど時間がかからない。歩いても何とかなると思って行ったが、教えられた入り口は工事中の看板でふさがれていたのと、当日は日曜日なのに工事車両が出入りしていて、捜索作業を継続し難い状況で、結果として撮影を断念した。
ただし、別な入り口付近で農作業をしていた老婦人に遭遇し、話を聞くことができた。彼女は農作業の用地を既に売り渡したらしいが、まだ何軒かの農家も農作業をしている。農作業の土地は、工事用の道路を除けば、あちこちに点在しているが、荒れ地を切り開いて辛うじて自家消費用の畑作をしているという程度に見えた。彼女の用地は防風ネットで囲んであったが、そ
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れは電源開発が作ってくれたと感謝していた。そして、原発の工事が終わったら、防風ネットは外されてしまうのかなと、不安そうにつぶやいた。もっともこの防風ネットは、工事用に利用している場所に限って設けてあり、他の場所はこれまで同様自然の防風囲いを設けているので、農作業に支障ないのである。
ちなみに、ビニールハウスの設置者も防風ネットが目印と教えられたが、高台のない平坦地で見晴らしの悪く、そこを見つけるのは困難であった。近日中に、再訪し、今度こそビニールハウスの写真を撮りたい。
それにしても、地元でこのビニールハウスのことを尋ねても、すぐ分かる人がいなかったので、驚いている。反対する地主の数も少ないから、町中の人が分かっていると思ったのに以外であった。
なお、原発反対地主がいて、強制収容ができそうもなく、原発の建設にダメージを負わせていると思っていましたが、原発用の港の工事、国道の付け替え工事とも着々と進められています。この工事が無駄になることを願わずにいられませんでした。
以上
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