反核燃私の思い・意見

このコーナーは、一人一人の反原発・反核燃の思いや意見を載せるページです。
当コーナー宛てのメールや原告団宛てに送られてきたメールなどから、掲載の了解が得られたものをご紹介します。
どうぞ、みなさまの思いをしたためてお送りください。





★★★ 神島 優子さんのメールから ★★★             (2000.12.7)      


 11月20日、原発は温暖化ガスを排出しないクリーンなエネルギーであるとし、原発はもとより再処理・プルトニウムサイクルを推進するという9回目の原子力長期計画がまとまった。 
ところが、オランダのハーグで開催されていた気候変動枠組み条約第6回締約国会議(COP6)において、日本の「原発で温暖化防止だ」という主張は、各国から強い反発を受けたという。産業界は、自国の原子炉発注が思うように進まないため、アジア諸国への売込みに活路を見出そうとしていた。にもかかわらず、それを温暖化対策に組み込むよう主張するとは恥知らずとしか言いようがない。
 国内においては、政・官・財・学が一丸となり「原発は温暖化ガスを出さないクリーンなエネルギー」と言い続けてきたわけだが、国際社会では全く受け入れられなかったということである。国際社会での孤立を感じさせる出来事であった。
 その数日後の11月30日、「原発振興特措法」が参院本会議で可決、翌12月1日、衆院本会議で可決成立した。この法案は、核施設立地自治体と周辺自治体に新たな補助金を出すという、俗に「ばら撒き法案」と呼ばれていたものだ。こんな法案が通るなどと誰も考えていなかったと思う。財政赤字645兆円を越すこの国で、経済政策は全て赤字国債で賄わなければならないこの国で、こんな法案が通ってしまうことに政治と行政の「腐敗」の根の深さを思い知る。とは言え、原発の歴史を見れば何一つ変わっていないことに気付く。「反対」の声が上がれば「金」の力で潰してきた。チェルノブイリ以後、国内での数々の事故・不祥事が昨年のJCO臨界事故で頂点に達し、反対の声を押さえられないと判断した結果ではないのか。もっと「金」を出せば受け入れてもらえると・・・。私たちは、一体いつまで、こんな無駄遣いのために税金を払わなければならないのだろうか。
 ところで、10月分の電気料金明細に「燃料費調整額」という項目があることを知っているだろうか。これは、受益者負担といわれた放射性廃棄物処分費用のことである。なぜ、「放射性廃物処分負担金」とならないのだろう。不思議でならない。
 この国の原子力行政は、進める側が痛みを伴わない構図になっている。設備・処分費用は受益者といわれる電力消費者に支払わせ、反対の声は交付金・補助金として税金が黙らせる。加えて、電力会社は発生者責任を負わない。発電し利益を享受した後のごみは、本州の果ての六ヶ所に集める。それでも溢れるものは、「安全」と言いつつ都会から遠く離れた地方に貯め置こうとする。「安全」なら、原発も使用済み核燃料も都会に置けばいい。電力会社の本社や科技庁・通産省に置けばいい。押し付ける側も受け入れる側も、「危険」を充分承知しているからこそ「金」が物を言う。 六ヶ所核燃料サイクル施設には、2001年3月までに97トンUの使用済み核燃料が運び込まれることになった。現在貯蔵している分と合わせると129トンUになる。100万kW級原発の1基分に相当する。かつては原子炉の中に収まっていた燃料集合体である。多重防護された原子炉ではなく、貯蔵プールと言われる施設に収まる。「地域振興」と言う名のもとに引き換えにされたのは、100万年単位に及ぶ管理を余儀なくされる使用済み核燃料だった。
 私たちは、「電気」というエネルギーを根本から考えねばなるまい。発電源にウラン235という核物質を選択したが故に、原発の巨大事故の危険性と発生する放射性廃物の貯蔵・管理の難しさ、処分の難しさと否応なく直面している。だが、この発電源を選択したのは、国と事業者であり電力消費者ではない。はじめから、政・官・財が三位一体となって進めてきた。ほとんどの学者も学んできた学問を裏切ることを選んだ。国の望むような論陣を張った。司法はどうだっただろうか。「もんじゅ裁判」で明らかなように、その機能を果たしていない。憲法で謳われている三権分立は、全く機能していないと言えるだろう。立法・行政・司法は干渉されない独立した機関ではなく、事業者の法的根拠の支援期間となっている。原子炉等規制法は、名称を原子炉等推進法に変えたほうがよほど理解しやすい。
 ところで、半世紀に及ぶ原子力の歴史の中で目覚しい進歩はあったのだろうか。
今後の核技術は日本がリードすると豪語するほどの進歩はあったのだろうか。高速増殖炉「もんじゅ」の破綻、ウラン濃縮遠心分離機における高度化機開発断念等に見られるように、旧動燃が独自に開発したものは軒並み破綻状態ではないか。このような状況で、技術的進歩があったとは到底言えまい。これまで巨大事故がなかったから今後も起こらないという保証にはなるまい。
 52基の原発を稼動させ、更なる増設をもくろむ側が、揚水水力発電などとあたかも発電するためのダムのように見せかけて、その実、余剰深夜電力を捨てるためのダムだと知っている国民がどれほどいるのか。東京電力が横浜にLNG(液化天然ガス)を燃料とした、火力発電所を作った。出力35万キロワットのコンバインドサイクル発電機が8機、総出力280万キロワット。原発3基分にも相当する。需要に応じて出力調整が可能である。しかも、放射能を撒き散らす事故の心配も放射性廃棄物というごみの心配もない。都会にはこんなに安全な発電方法を選択する。
これが現実なのであり、彼らのやり口なのだ。
 今回のCOP6で、温暖化ガス削減のためにより危険なプルトニウムや放射性廃棄物を増やそうとするこの国の政策は、国際社会から否定された。当然のことである。世界が脱原子力に向かいつつある現在において尚、なぜこの国がこんな馬鹿げた政策を続けていけるのか。国民から掻き集めた「金」を湯水のごとく使えることと、「我関せず」の国民が殆どだということによる。国政を監視する義務を果たそうとしない国民の責任も大きいと言わざるを得ないだろう。
 1986年のチェルノブイリ原発事故から何を学んだのか。間もなく15年を迎えようとしているが、チェルノブイリは何も終わってはいない。日本の国土にして50%を越える大地が放射能に汚染された。半減期2万4000年のプルトニウムをはじめとする、何世代にも渡って被害をもたらし続ける放射能が大地に残された。時の経過とともに病に冒される人が増えていく。いわれのない苦痛・希望のない明日。立ち向かおうにも、人間には放射能に打ち勝つ術がない。これが核の力であり、科学技術とやらの限界だと気付く。だからこそ、世界は発電源に核を用いることを捨てた。なのに、この国はどうだろう。核の力を見誤り、科学技術の限界に気付こうともしない。
 間もなく20世紀が終わろうとしている。振り返れば、この世紀は科学技術の世紀だったように思う。科学の進歩は、あらゆる困難を克服し、技術の開発は、人々を幸福にすると。本当にそうだったのだろうか。科学技術の発達によって、公害をはじめとした環境破壊・健康被害を引き起こし、「暮らしの中のささやかな幸せ」を奪いはしなかっただろうか。どこか新興宗教にも似た「経済」という魔物が一人歩きしなかっただろうか。その延長線上に巨大技術としての原子力もあるように思えてならない。産業を維持することによって儲かる人がいる。そして、それに群がる人がいる。結果、経済優先、生命・環境を軽視するという構図が生まれる。他の国は、『原子力平和利用』と決別することを20世紀中に決めた。しかし、この国は決別するどころか21世紀も続けることを決めた。老朽化する原発・増え続ける放射性廃棄物。チェルノブイリ級の巨大事故が起こらないという保証はない。私たちにできることは祈るだけなのだろうか。「事故が起こりませんように」、「巨大地震が起こりませんように」・・・。日々、いいようのない不安に悩ませられる。「明日も大丈夫だろうか」・・・。不安を抱きながらの暮らしのどこに幸せを感じられるだろう。
得体の知れない不安は未来を奪う。
しかし、世論は動かない!動こうとしない!

それで、私はどうするのか?

どうもしない。今までと同じ。焦燥感・挫折感・徒労感・・・。雑多な思いに時には押し潰されそうになりながら・・・。危険性を訴え続けていく。正しいと思うことを訴え続けていく。「私にできること」を続けるだけ。
第2のチェルノブイリを見ないために。この地が『被災地』にならないために。
汚れた大地になることなく「核」の悪夢から解き放たれることを願うから。

そして、あなたはどうするの?

祈るだけ?
「核」から解放されるための努力もせずに・・・。

 私は諦めない!
 私たちは諦めない!


夢から覚めない日本の原子力政策    山本 若子    (2000.12.3) 
  
11月21日東奥日報記事によれば「六ヶ所再処理工場核燃料貯蔵プールで冷却ポンプが手順違反のため一時停止した」、公表は発生翌日であった。「安全上重要な施設において単一誤作動でポンプが全台停止したことを重くみて『軽微なトラブル』に該当すると判断したため、公表することにした」と日本原燃は説明している。
 『軽微なトラブル』が今までどんなにたくさんの悲惨な事故を起こしてきたことだろうか、六ヶ所再処理工場は年間800トンの使用済み燃料を処理する巨大施設である。今更ながら青森県の選択が無念でならない。原発の200倍以上の規模で青森県の大気と海に放射性物質を排出していくだろう。英セラフィールド再処理工場周辺の小児がん・白血病などの多発や子供たちの歯にプルトニウムが検出されたことを思うと心が痛む。セラフィールドからの海水汚染はアイリッシュ海から北上しノルウェー海域まで拡がり、海水中で有機プルトニウムに変化しセラフィールド一帯を汚染している。10歳以下の小児白血病は英国全土平均の10倍である。現在英国は北欧などの数カ国から再処理を停止することを勧告されている。(北東大西洋海洋環境の保護に関するオスパール条約締結国は汚染が北極まで生物相における汚染レベルの増大が追跡されるとした)
 青森県執行部が県民の声を十分に聞かず、ただ国策という言葉にすがり核燃サイクルのリスク、六ヶ所村の周辺環境の不適合性に関して十分な調査をせず、経済的理由から安易に受け入れてきたことが事業者から高レベル廃棄物、使用済み燃料、高ベータ・ガンマ廃棄物に至るまで安全基準もないまま全て押し付けられるという事態になっている。青森県にはまだカードが残っている・・・それを考えてほしい。
 現県会議員の一人が「核燃料サイクル施設を受け入れたとき、核分裂のないただの工場だということで、高レベル廃棄物などという説明は全然なかった。事業を企画した方が二枚も三枚も上手だったのか、と考えるとじくじたる思いだ」と語った(東奥日報9.3)こんな思いで、新幹線そして今は海峡大橋というニンジンをぶら下げられ誇りを奪われていいのだろうか。県民の安全をなぜ第一に考えられないのだろう。
 青森県だけではない、11月8日第15回原子力長期計画策定会議席上で森嶌座長代理は「策定会議の方針そのものを国民の意見に基づいて変えることは一切やっていない」ということを話した。民意を汲まず状況判断ができず、過去の政策に縛られる本質は同じだ。
私たちはこの国の暴走を止められないのだろうか、私たちの言葉は空しく跳ね返ってくるばかりなのか、早く夢から覚めてくれと思わずにはいられない。


★★★六ヶ所村に住んでいる福澤定岳さんからのメールより★★★

10月2日、青森市青森グランドホテルでの原子力長計の「ご意見を聞く会」で、発言者として以下のようなことを言いました。

 六ヶ所村に住んでいます。 福澤定岳 です。今回、発言の機会を頂きまして、この場にお集まりの皆さんには、あまりなじみのない、少し耳の痛い発言もあるかも知れませんが、今回の「原子力長計」のキーワードは「柔軟な対応 」ということにあるのかなと思っています。どうか、柔らかな体と心で受け止めて頂けたらと思います。

国民・社会と原子力
原子力政策に関しては、拙速に走ることなく、地元住民はもとより、最大の電力消費地である都市住民をも巻き込んでの広範な議論の下に進めなくてはならない。
かつて原子力産業界では自ら開いた会議の席上、敢えて招いた「反対派」の学者から「原子力施設が嫌われるこれだけの理由」として以下のような指摘を受けました。

 曰く、●安全だと言い過ぎて危険性の認識が欠けている。 ●周辺住民に対しお金で解決しようとする。 ●情報公開しない。●住民の意思を尊重しない。 ●閉鎖主の体質がある。 ●議論をしない。
−高木仁三郎さんの指摘(第三十回原子力産業年次大会) '97/4.11読売新聞、4.29東奥日報より−

 3年前に指摘されたこれらがはたしてその後どのように変わったでしょうか。

 昨年のJCO事故を経験して私たちは残念ながら、誰も責任を取ろうとしない、「責任逃れの体質」ということも改めて見せつけられました。JCO事故の本当の責任は原子力を国策として推進してきた科技庁にあるというのは、大方の国民にとってすでに周知の常識です。
そしてまた、いったん既成事実が作られると、既成事実の拡大・増強をはかる、という体質も指摘しなくてはなりません。

 各地の原発施設での増設問題や使用済み燃料プールの増設、六ヶ所村にあっては、当初、核燃サイクル三点セットと言われていたのが、いつのまにか高レベル廃棄物を含む四点セットとなり、さらに五点セット、六点セット、なんでもありとなりかねない状況は、核燃が始まった当初、六ヶ所村住民は全く予想しなかったことです。
 そういったアンフェアなこれまでのあり方が幌延や東濃といった「深地層処分」の研究所候補地での猛烈な反発の一因となっていることは確かなことのように思います。

 高速増殖炉の計画は、当初、一九八五年から九四年の間に完成する計画でした。それが二回目には一九九五年〜二〇〇四年に伸びました。三回目には二〇一〇年に完成する予定に変わりました。その後のもんじゅのナトリウム火災爆発事故を経て、今回は「実用化への開発計画について柔軟に対応していく。」としていますが、さらに率直に柔軟で現実的な対応を求めたいと思います。すなわち廃止です。

 今問題の使用済み燃料や再処理工場の操業に関しても、計画が発表される度に何度も操業の時期が先送りになっています。
今はすでにバブルの時代を過ぎて状況は一変しています。ドイツではすでに原発廃止の方向に動いています。おとといにはお隣の台湾でも国の経済部長(通産相)が原発廃止を宣言しました。世界的にはすでに原発廃止の流れは当然の潮流です。
 はっきり言って核燃料サイクルはすでに破綻しています。さらに、率直に現実を直視して柔軟で現実的な対応を求めたいと思います。

 そのための具体的な提案として、これまで原発を推進させるために使われてきた莫大な交付金を風力発電や太陽光、バイオガスや天然ガス、さらに燃料電池などの地域分散型の自然エネルギーの開発、普及に振り向けていただきたいと思います。いつでもそれは可能なはずです。時代はすでにその方向に動いていますし、十分に国民的支持を得られると思います。
 そして、たとえ今原発を廃止したとしても膨大な放射能を含んだ廃棄物が遺されます。
 敢えて言います。六ヶ所村は核のゴミ捨て場ではありません。

 今回のような集まりも、どうか、今回一度限りでなく、よりオープンで自由なフェアな形で、お互いが納得の行くまで、何度でも繰り返し、いろんな立場の人たちの意見を出し合う場を設けて全国的な議論を盛り上げていただきたいと思います。PA活動と称して、一方的な自己宣伝の立派な印刷物を何千万部配るよりも、より低コストで確実な信頼確保の手段だと思います。なによりも、それが原子力政策への不信感を解消する第一歩だと思います。

おととい、九月三〇日は東海村、JCO臨界事故の一周年でした。全国各地でも一周年の催しがありました。
 ここ青森市でも、JCOから二キロの地点に住んでいるという二人の子どもを持つお母さんのお話がありました。折悪しく放射能の雨に濡れて学校から帰って来た子どもを見たときのことを話そうとしたときに、その時のショックが再びこみ上げてきたようで、思わず涙ぐんでしばらく言葉が出てきませんでした。六ヶ所村に住む者として、それは決して他人事ではありませんでした。

そしてまた、広島の原爆ドーム前でも十人ほどが一時間のキャンドルサービスを行ったと友人からお知らせがありました。そこで読まれた追悼文を紹介したいと思います。
 
 それはまた、私たちが六ヶ所村のむつ小川原港で、目の前で、低レベル廃棄物や六フッ化ウランや高レベル廃棄物、試験用使用済み核燃料が運ばれる度に思い続けた想いとまさに同じメッセージでした。今回、このような場で、せっかくの機会ですので、ぜひともこのメッセージをお伝えしたいと思います。

私たちは心に刻む
2000年9月30日
今日、ここに集まった私たちは、1999年9月30日、東海村核燃料加工工場JCOで起こった臨界事故を心に刻みます。

私たちは、被曝した二人の労働者の死を心に刻みます。

私たちは、何も知らされずに放射線に曝されつづけたJCO周辺住民の不安と苦悩、そして、東海村村長の苦悩を心に刻みます。

私たちは、この臨界事故を終息させるために多くの作業員が大量の被曝を強いられたことを心に刻みます。このような犠牲は、あってはならないものであったし、これからもあってはならないものです。

私たちは、今も稼動している原発と核燃料加工施設、ウラン濃縮工場、核廃棄物処理施設周辺住民の不安と苦悩を心に刻みます。

私たちは、新たな原発や核廃棄物最終処分場の建設、そして、高速増殖炉の運転・MOX燃料の使用などの危険で無意味な実験を押しつけようとする巨大な力と闘いつづけている人々の苦しみと希望を心に刻みます。

私たちは、日本から海外の再処理工場に送られる使用済み核燃料、そして海外の再処理工場から日本に送られるプルトニウムと高レベル核廃棄物の輸送路にあたる国の人々の不安と怒りを心に刻みます。

私たちは、白血病に苦しむ、再処理工場周辺の子どもたちのことを心に刻みます。

私たちは、原発と核兵器製造に使用するウランを掘り出すために、多くの労働者が何の危険も知らされないまま過酷な労働に従事させられていること、そして、多くの労働者やその家族が、ガンや先天性の障害に苦しんでいることを心に刻みます。

私たちは、美しいアボリジニの土地をウラン鉱山の開発から守ろうと闘いつづけている人々の苦しみと希望を心に刻みます。

私たちは、核サイクルのあらゆる段階で、現在も多くの労働者が、放射能に身を曝しながら、あってはならない労働に従事しつづけていることを心に刻みます。

私たちは55年前の8月、この地と長崎で、原爆で殺された数十万の人々のことを心に刻みます。その日から現在に至る、被爆者と被爆二世の苦しみを心に刻みます。

私たちは核実験場にされた土地に住む人々の苦しみを心に刻みます。

私たちは、スリーマイル島、そしてチェルノブイリの原発事故で被曝した人々の苦しみを心に刻みます。

私たちは、宇宙空間までもが、核ミサイルや、核燃料を積んだ人工衛星のために、もはや平和な空間ではなくなってしまい、宇宙から地上に向けて殺戮と環境破壊が発射される可能性のある世界に生きていることを心に刻みます。

私たちは、これほどの犠牲をまのあたりにしても、なおも多くの国家が核利用をやめようとせず、核産業はなおも核利用から利潤をひきだそうとしていることを知っています。私たちは、かけがえのない生命と、この星に住む者・生まれてくる者すべての共有財産である地球環境に対する罪を、これ以上重ねることを止めるために、今も世界中で続いている核利用の罪深さを心に刻み、核利用の終結を
求めます。―――(西塔文子さんによる)
 

(時間切れで、以下は読み上げられませんでした。)

 さらに、私はこれに続けたいと思います。 
 六ヶ所村の上空では、核燃施設のすぐ近くを三沢基地からのジェット戦闘機が爆撃訓練のために時期によっては、毎日のように飛んでいます。時には目を疑うほどの低空飛行の時もあります。そんな中で私たちは毎日を暮らしています。
 青森県、六ヶ所村にこれ以上、核のゴミを押しつけることはやめてください。ひとたび重大事故が起これば放射能の前には推進派も反対派も敵も味方もありません。これ以上の危険と不安を押しつけることはやめて下さい。

    ★★★以上です。★★★



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