【 路 線 図 1 】
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醍醐車庫前 |
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醍醐池田町 |
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石田大受町 |
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石 田 団 地 |
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六 地 蔵 |
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東 町 |
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桃 山 南 口 |
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伊 賀 |
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伊賀団地前 |
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江 戸 町 |
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観月橋北詰 |
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桃陵団地前 |
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御 香 宮 前 |
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板 橋 |
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丹 波 橋 |
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桃山中学前 |
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最 上 町 |
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伏見インク
ラ イ ン 前 |
墨 染 |
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藤 ノ 森
神 社 前 |
下 町 |
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深 草
北 蓮 池 町 |
直 違 橋
一 丁 目 |
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藤 ノ 森 |
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深草西浦町 |
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深草綿森町 |
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警察学校前 |
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稲荷大社前 |
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十条相深町 |
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月 輪 |
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東 福 寺 道 |
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塩 小 路 橋 |
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塩小路高倉 |
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京 都 駅 前 |
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烏 丸 七 条 |
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烏 丸 六 条 |
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烏 丸 五 条 |
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烏 丸 松 原 |
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四 条 烏 丸 |
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56号系統 |
56甲号系統 |
(1976年6月現在) |
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【 路 線 図 2 】
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四 条 烏 丸
市バスセンター |
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省 略 |
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烏 丸 七 条 |
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丸 物 前 |
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塩小路高倉 |
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省 略 |
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藤 ノ 森 |
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直 違 橋
一 丁 目 |
深 草
北 蓮 池 町 |
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藤 ノ 森
神 社 前 |
下 町 |
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伏見インク
ラ イ ン 前 |
墨 染 |
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最 上 町 |
丹 波 橋 |
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桃山中学前 |
伏 見
区 役 所 前 |
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丹 波 橋 |
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京 阪
桃 山 駅 前 |
板 橋 |
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御 香 宮 前 |
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桃陵団地前 |
国 鉄
桃 山 駅 前 |
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観月橋北詰 |
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伏見桃山城 |
江 戸 町 |
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伊 賀 |
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桃 山 南 口 |
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56号系統 |
56甲号系統 |
(1969年8月現在) |
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1978年 四条烏丸
56号系統は昭和30年代後半には既に存在しており、京都市の中心部と伏見・桃山地域とを結ぶ重要な路線として、地下鉄烏丸線南伸時の昭和63年6月10日まで、基本的な運行経路を変えることなく運行されていました。 |
昭和40年代、藤ノ森〜御香宮前間は非常に細い道を運行していました。特に伏見インクライン前〜伏見区役所前〜御香宮前間は今では想像できません(幼い頃この区間を乗ったことがあるのですが記憶にありません)。 |
昭和40年代中頃の方向幕
昭和40年代の中頃、ちょうどトロリーバスの廃止の頃(昭和44年、四条大宮〜松尾橋間)から市電烏丸線の廃止(昭和49年、烏丸車庫前〜烏丸七条間)の前ぐらいまで伏見桃山城まで乗り入れていたことがありました。
私も幼い頃、伏見桃山城公園(キャッスルランド)へ行くのに乗ろうと四条烏丸市バスセンターへ行きましたが既に廃止されており、当時がっかりした思い出があります。 |
四条烏丸市バスセンターが起点だった頃の方向幕
伏見桃山城への乗り入れ(56甲号系統)も長く続かず、結局桃山南口までの路線(56号系統)だけが残ることに。
この頃、56号系統の受け持ち営業所が北野営業所から醍醐営業所に変更されたことから起点が四条烏丸市バスセンターから桃山南口へ変更され、また四条烏丸市バスセンターへの乗り入れもなくなりました。 |
その後、昭和50年代に入り56号系統は桃山南口〜醍醐車庫前間延長、56甲号系統の新設と一番利用客の多い時期を迎えます。
しかしその時期も長くなく、この時既に地下鉄烏丸線の工事が始まっており、56号系統の路線短縮、そして廃止という時期に向かおうとしていました。 |
昭和56年5月29日の地下鉄烏丸線開業に伴い京都駅前〜四条烏丸間の廃止、また56甲号系統の廃止(実質は56甲号系統が56号系統に変更された様なもの)により運行経路が短縮され、この運行経路が56号系統としての最後の経路となりました。 |
約7年間経路を変更されなく運行してきた56号系統も、昭和63年6月11日、地下鉄烏丸線南伸に伴う系統番号変更で姿を消しました。そして南6号系統が56号系統を受け継ぐかたちで地下鉄東西線開業まで運行されます。 |
平成9年10月12日、地下鉄東西線開業。これに伴い醍醐営業所廃止。そして南6号系統も廃止され、56号系統の面影は完全になくなりました。 |
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