昭和36年8月1日に実施された市電北野線(狭軌堀川線)廃止に伴う
「市バス系統再編成」をご紹介します。

【代替バスの新設】



明治時代(明治28〜45年)に全線開通した北野線(狭軌堀川線)に替わって新設されたのが今も利用客の多い50号系統です。新設当時は千本中立売以西も中立売通を走っていましたが、昭和50年頃から千本今出川を経由するようになりました。千本今出川を経由するまでは北野神社の鳥居の前で折り返しを行っていたそうですが、今となっては想像もつきません。市バスの車両もこの50号系統の新設で大きく変わりました。箱形ワンマンカー(いすゞBR351)の登場です。当時は今と違って「前乗り、後降り」というスタイルのものでしたが、ボンネットバス(ツーマンカー)が主な時代だっただけに、近代的な市バスの登場だったと思います。



【新設される系統】



一部循環系統として運行されていた12号系統の今出川通経由の経路をそのまま継承し新設されました。同時に観光地である金閣寺前まで延長し、観光輸送・通学輸送として今も現行で運行されています。



【経路を変更される系統】

    市電金閣寺前(現:金閣寺前)と千本北大路間にあった衣笠御所ノ内町を起点として、千本北大路〜(今出川通)〜三条京阪南口〜(堀川通)〜千本北大路間を循環する系統として運行されていましたが、59号系統の新設で今出川通経由を廃止。また同時に衣笠グランド前(現:立命館大学前)まで延長されました。起点は金閣寺前で、衣笠御所ノ内町に直接向かう便と衣笠グランド・わら天神前経由の便がありました(復路も同様)。



    52号系統というと等持院と京都駅を結ぶ系統というイメージが強くありますが、市電北野線が運行していた時代は北野白梅町止まりでした。市電北野線廃止に伴い50号系統が新設され、この52号系統も御室仁和寺まで延長されました。



【代替バス運行に伴う停留所の新設】

   下ノ森    西陣職業安定所前    西洞院仏光寺
   西洞院松原    西洞院六条    西洞院正面

【代替バス運行に伴う停留所の名称変更】

   市電 『北野』 => 市バス 『北野神社前』

【ワンマン運転の実施】

   50号系統

【ワンマン運転の終了】

   12号系統

【運輸事務所の開設、廃止】

   運輸事務所の開設 => 市バス 北野支所
   運輸事務所の廃止 => 市電 北野運輸事務所

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