戦艦「伊勢」


 「扶桑」型の発展型として計画された「伊勢」型ネームシップ。大正6年12月15日川崎造船所で竣工。基準排水量29,990トン、全長208.2メートル、幅28.7メートル、喫水8.7メートル、主機ブラウン・カーチス式タービン、4軸、出力45,000馬力、速力23ノット、主砲36センチ砲12門、魚雷発射管6門ほか。
 巡洋戦艦「金剛」型にづづく主力戦艦として、当時建造中の米国戦艦より若干優速とし、やや大きめの船体に計画された。当初は扶桑・山城と同時期の計画であったため扶桑型3番鑑の予定であったが、建艦予算が不成立となり着工が遅れている間に改正が盛り込まれ中央の砲塔が2基が背負い式になり、副砲の門数が増えたため各砲廓の間隔が詰まっており大分異なる鑑型となった。また、火薬庫を弾庫上部とし触雷の危険性をさけるなどしたが、定員が増加し居住区の環境が悪いため居住性は「扶桑」型の方が良好であった。
 新造時、三脚型のトップに射撃指揮所を設けその上部に方位盤を設置され、射撃指揮所のすぐ下と中段には探照灯台が設けられ、その下の羅針艦橋天蓋も固定式ではなかった。
 主砲は45口径四一式36センチ砲を連装砲塔とし6基12門装備した。同じ型式の砲はすでに「金剛」型4隻、「扶桑」型2隻に採用されており、当時の我が海軍の主力砲であった。初速770メートル、最大射程27,800メートルにおよび、毎分1.5発の射撃が可能であったと言われている。最大仰角は25度で、「扶桑」型の30度に比べ5度減っているが、これは長距離射撃に必要な技術が未熟で使いこなせなかったためであった。装填可能位置も仰角5度から20度までの半自動装填方式を採用し、射撃速度を向上させた。主砲塔の防御も強化され、前盾は305ミリの装甲を持ち、爆風の影響を防ぐため第2煙突側方に防爆盾が設置され、艦載艇などをその内側に収納した。
 副砲は50口径四一式14センチ砲を装備したが「扶桑」型の15センチ砲に比べ口径は減少している。これは操作上日本人の体格には有利と判断されたためであった。装備門数は「扶桑」型より増加し、4門多い20門が搭載された。門数を増やしたため、2門は第1砲塔より前部に、2門は上甲板上に露天で設置されている。副砲を前部に集中配備したのは「伊勢」型が最初であるが、前端の副砲は荒天時には射撃に支障をきたしたようである。甲板防御は上甲板、下甲板の2層にわたりほどこされており、その厚さは上甲板で55ミリ、下甲板で30ミリあり合計85ミリとし「扶桑」型の65ミリより一段と強化されている。これは遠距離砲戦を考慮した結果である。

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