ベリオの管弦楽作品
1999/5/7
東京オペラシティ

 コンポージアム1999の一日を聴いた。昨年が確か、リゲティで、今年はベリオ特集。今日は指揮者でもある彼が自作自演を東京都交響楽団とクラリネットのポール・メイエ、ヴィオラの川本嘉子などを伴ってコンサート・ホールに現れた。小柄で、ちょっと右肩が下がり気味で、10分ほど遅れてステージに登場して来た。

 やはり、新宿まで、来るのは疲れる。ホールの入り口前で、座っていたら、指揮者の井上道義氏がプロを読んでいた。よく彼を同じ会場で見かける。それはともかく、プロは前半が(1)ボッケリーニによる「マドリードの夜の帰営ラッパ」、(2)クラリネットとヴィオラと管弦楽のための「アルテルナティム」。後半に(3)シューベルトによる「イタリア風序曲第1番D.590」、(4)ブラームスによるクラリネットと管弦楽のための「作品120-1」の4曲。

 ベリオというと、大方がそうだろうが、ヒット曲というと語弊があるが、「シンフォニア」がまず浮かぶ。かなり前だが、LPで購入したものをよく聴いたものだ。まだ、4楽章までの「シンフォニア」で、実に懐かしい思いが残っている。完成版を聴いても、今だに何となくピンと来ない。それだけ、鮮烈な印象があったのだろう。現代曲の入門にはメシアンの「トゥランガリーラ」と共に最適な作品だろう。おかしな話しだが、「シンフォニア」の3楽章を聴いて、あの頃マーラーを聴き始めたのだから、変なものだ。

 作品のテクストに使われているレヴィ=ストロースなど、あのころ、日本で紹介されていたのだろうか。とにかく全く未知の名前だった。マーラーの顔などがコラージュされたLPのジャケットと音楽が二重写しになって、得も言われぬ音楽的エクスタシーを味わいながら聴いていたのだった。ピアノやパーカッション、ヴォーカル、オーケストレーションの響きの新鮮さに、夢中になって繰り返し聴いた。イタリア・オペラの持つ生理的、感覚的な魅惑を持つ音楽と言ったら、言い過ぎだろうか。少なくても、「シンフォニア」旧版はそんな麻薬的誘惑をはらんでいたという印象持つ。そのうち、FMで柴田南雄氏が担当していた現代音楽のライヴ放送などを通じて、「セクエンツァ」や「シュマン」のシリーズを知った。後は泥沼式に、何が何だかわからないまま、彼の迷宮に足を突っ込んで行ったのだった。 

 今日のコンサートに話しを戻そう。(1)(3)(4)は、もともとオリジナル作品に依拠したもので、今日のコンサート全体では、(4)のあたりでは、作品自体長かったし、少々辟易気味になってしまった。(1)は1975年にスカラ座のオーケストラから委嘱された作品で、まるで、ラヴェルの「ヴォレロ」モドキだった。ヴォレロが最高潮に達して、カタストロフで、閉じるのに対して、こちらは行進して来て遠ざかっていく兵隊たちを模したものとなっている。中間の変奏曲群のオーケストレーションが見事で、はまってしまいそうな10分ぐらいの曲だった。

 (2)はメイエと川本の二人が、リードしていくスタイルで書かれていて、第2ヴァイオリンのトップなどは2挺用意していて、スコルダトゥーラ(普通と違ったチューニング)を持ち替えながら、かなり頻繁に使っていた。それに管楽器でのマルチフォニックの技法が取り入れられていた。メイエの素晴らしい演奏、川本の熱演で、この大曲は聴衆を魅了した。やはり、ここでも音響を楽しんだ。

 (3)はシューベルト20歳の作品だが、ベリオによって、晩年のハ長調交響曲の世界を彷彿とさせる厚みのある音作りになっていた。シューベルトのある種のダルさ、まで再現してあって、思わずクスッとなる場面もあった。  (4)はブラームスが協奏曲にしたら----という想定で、聴いていた。1楽章は響きの重厚さは十二分にあり、ほとんど4番の交響曲の世界だった。ブラームスのオーケストレーションよりも清澄な響きで、結果としては、美し過ぎる音楽と化していた。2楽章では、牧歌的な美しさが奥深く分け入っていくオケの深遠さとは、裏腹にメイエのクラリネットの音色は、あっけらかんとした明るさで、宙を舞いながらオケを追う。実に、ここで、妙な心地になった。ブラームスの世界に入り込んで、ブラームスをベリオに移し替える作業から、イタリアの陽、ドイツの陰のキャラクターというか、民族的な拮抗作用、現代の精緻さとロマン的な部分での混交、など諸々の要素が絡み合っていることが暴き出されて、居心地が妙になっていく自分を感じさせられたのだった。3楽章では、今度はブラームスの渋みと暗さをメイエが受け持って、オケは明るく響いていた。4楽章では、1楽章と同じくバランスよく鳴っていて、つじつまが合っていた。?

 最後に多くの拍手に答えて、今日の主役であるメイエがソロで、1983年のクラリネット・ソロのための「リート」を演奏した。聴衆は聴き入り、会場は一体化した。素晴らしい瞬間であった。この1曲のために、「ここまで、来て、良かった」思いつつ、長い家路についた。