テリー・ライリー 県立音楽堂
1999/12/4
ミニマリストと言われる作曲家の中で、クラシック界で有名になった(特にIN Cで)が、その後はワールド・ミュージックの方へと興味を移し、特にインド音楽やモロッコの音楽の影響を受けてその神秘性に傾倒したり、ラ・モンテ・ヤングから学んだ純正調の作曲を今日のように披露したり、ジャズのインプロヴァイゼイションの要素を加味したり、もちろん根は西洋音楽理論が出発点になっている彼であるが、その音楽はフィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒの録音の量から比べると、音楽が浸透しているとは言い難く、彼のスタンスもクラシック畑というよりはジョン・ハッセル、ブライアン・イーノに近いのかもしれない。はー、!
会場を入ると入り口のところに有名な現代音楽の某作曲家が立って誰かを待っている様子だった。そこで、初めて、「あー、今日は現代曲のコンサートだった」と思って座席についた。
今日は彼の一人舞台で、「The Dream」と題された夕べ。音楽堂のスタインウェイが梅岡俊彦氏の調律で、純正調に整えられていた。空調の加減も調律優先のために少し低かったようだ。濃いピンクのシャツに黒装ぞくで、頭にちょこんとインド風の帽子をかぶり、やはり挨拶もインド風にしてすわったテリー・ライリー。しばらく座しいていたかと思うと、やおら演奏が始まった。青と赤のスポットが当てられていた。がっしりした大柄な体躯で、純朴な好々爺だ。美しい目は実に優しく純粋そのものだった。1935年カリフォルニア生まれなので、今年64歳だ。
ピアノの音色は一言で言うと、ツィンバロンの響きといえばいいのだろうか、おもちゃのピアノの音といえばいいのか、ちょっととまどってしまったが、やはり、独特な響きであり、ある意味で、陶酔的な音色なのかも知れない。現代の平均律は「Well Temperament」「Wohltemperierte」などと言われ、ほどよく調律されたとでもいう意味だが、悪く言えば、妥協の産物だ。平均律がある意味で、閉鎖空間を生むのに対して、あっけらかんと突き抜けていく?解放感がある音色だ。
こま切れにすれば、7〜8曲分が演奏されていたと思うが、ちょうど演奏が始まって1時間弱、7時頃だと思うが、最も虚心坦懐にこちらも邪念無く聴くことができる時間帯があり、一番楽しめたと思う。静かで、繊細な響き有り、速い部分では、強烈な和音が生み出され、ペダルを踏みっぱなしで、響きを選びながら楽しんでいるようでもあった。最後はキース・ジャレット風の宗教音楽っぽいもので、一区切り。またリズムが強調されたフレーズが出てきてだんだん盛り上がり、テクニカル風になって最後はあっけなく静かに1時間半の大曲が終わった。終わってから1分近く空調の響きが耳に残った。聴衆の拍手。
この演奏会自体はそれほどインパクトが強いものではないが、彼の音楽への姿勢が、問いかけとなろう。一つが世界音楽に連動していること。クロノス・カルテットの時にも感じたが、現代のグローバルな世界と同時的に呼吸している実感があること。インド音楽を身体にしみこませ、トルコの音を呼吸しながら〜世界に開かれながら〜作業していること。二つ目には、純正調だけではないが、彼の音楽語法が独立独歩であり、マイノリティに属し、もしかすると、第2のアイヴスなのかも知れない、そんな予感もさせる。