そこに行ってみよう2
2年前に中辺路の一部を歩いた時に北側方面に見えた果無山脈の一部を歩いてみることにした。熊野三千六百峰と総称される熊野山地の山深さを象徴するような果無(はてなし)という言葉の響きは何とも魅惑的だ。 果無山脈への登山道入口がある本宮町は平成の市町村大合併で田辺市の一部となっている。前日午後10時に自宅を出発し東名阪自動車道の御在所SAで仮眠、前回と同様に国道42号線を新宮市で国道168号線に折れ熊野川沿いから本宮町に入り、道の駅「奥熊野古道ほんぐう」で車を止めた。 身支度を整えて午前9時55分に道の駅を出発。国道を十津川方面で歩き、萩の集落あたりから果無山脈・百前森山への登山道に入る。道端の案内表示には「果無山登山道」「ぶなの平へ3時間30分」とある。緩やかだが確実な上り坂が続き、高度を稼いでいく。 登山道は杉植林などの樹木に覆われているが、「名跡のない展望所」と題した展望が開ける場所で振り返ると、今日車を止めた道の駅や熊野川に架かる三里橋、対岸の切畑集落などの素晴らしい景色を見せてくれる。ところどころ歩道の幅が狭くなり、特に斜面を巻くような地形の場所では踏み跡がゆるくなって油断して転んだりすると何十メートルも滑落しそうな箇所があった。 ところで今回の山歩きのルートだが、極めて傍系のコースのため詳細な登山ガイドマップがない。そこで筆者が用意したのはYAHOO!地図情報サイトから周辺地図8000分の1の画面表示9枚連続分を印刷したものだ。アルプス社監修の周辺地図には等高線つきで登山道が記されており、市販のものでもこれほど詳細なものは無く、たいへん便利である。 登山道脇のところどころでピンク色が鮮やかな山つつじが咲いていた。どういう種類のつつじなのか花の正式な名称は分からないが、見かけるたびに立ち止まってしまう。着実な登りが続き、あたりは尾根筋の登山道といった感じとなり更に高度を稼いでいくと、木立の間に展望が開けるところでかなたに中辺路方面の景色が見えた。2004年7月に「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録され、特に熊野本宮大社周辺の熊野古道は今日ではかなり注目される観光スポットとなっていることと思うが、道の駅で手に入れた本宮町観光協会発行の熊野本宮観光パンフレットには本宮大社を目前とする中辺路・発心門王子から伏拝王子にかけての道はひときわはるかに望む果無山脈の眺めが愉しめる眺望のコースとして紹介されていた。かつての熊野詣の人々が見渡した幽玄な奥深い熊野の山並みの前峰にあたる果無山脈に今取り付き、分け入っていることを考えると、感慨深いものがあった。
歩き始めて約2時間弱で百前森山頂上へ続く道と下の巻き道との分岐点となった。百前森山は木立に覆われて展望が利かないことを事前に知っていたので、ここは頂上へは行かずに下の巻き道を進んだ。山頂下のため木立は深く薄暗い登山道だ。やがて百前森山頂上からの道と合わさると再び尾根筋の道となる。歩き始めて3時間を経過したが、果無山脈の稜線まではもう少しかかるようだ。もくもくと歩いていると、登山道の西側に広がる別の尾根が近づいてきており谷が狭くなっていた。高度が稜線に近づいてきたしるしだ。登山道が尾根の東側に回りこみ果無山脈の東側の稜線も見えてきた。次に尾根の西側につく道になり暫くいくと稜線の縦走路に出た。ここで一息ついて時刻は午後1時45分。歩きやすそうな道なら果無山脈の縦走路を西側方向へ暫く歩いてみようかと考えたが、稜線上は予想以上に木立がうっそうとしているのでやめた。当初の予定コースどおりに東側の果無峠へ歩き始めると、まもなくブナの平に到着、時刻は午後2時ちょうどだった。ブナの平は標高1121mで、その名のとおり稜線の北側にはブナ林が広がっている。ブナの平の南側は展望が広がっており、今日登ってきた登山道の尾根筋が見えた。
ブナの平から一旦下ってさらに進むと次の明確なピークは石地力山で標高は1139.5mである。ここからは西側方面に果無山脈の全容が望めた。地図で見ると標高1100m前後の山脈状の尾根が奈良県と和歌山県の県境に見事に東西約15kmにわたって貫いている。東西の山脈に対して南北に尾根が伸びているのが面白い。縦走路一帯は北側がブナ林で南側が杉の植林となっており、あまり展望はきかないのだが、樹林からときおり望む熊野山地の奥深さは十分に堪能できる。またブナの幼木や見事な大木を見つけながらの尾根散策は実に楽しかった。 午後3時15分に小辺路の果無峠に到着。標高は1114mとある。小辺路は本宮大社と高野山を結ぶ参詣道だが、本宮大社をめざす参詣者にとっては果無峠は最後の難所にあたり、一息ついてのち大社に下っていったことであろう。ここからは熊野古道のメインストリート小辺路の一部である。自分も参詣者の気分になって山道を下り始めたが、登山口との高低差は約1000mもある。途中登山道を覆う木立の上のほうでカサコソっと音がした。何かと見上げるとリスだ。ちょろちょろと枝先をつたっていき、姿が見えなくなった。気がつけば、今日たどった登山道では誰一人ともすれ違っていない。誠に静かな山旅である、と思ったとたんに一人のザックを背負った男性登山者とすれ違ったのはご愛嬌。ぐんぐんと尾根道を下り、木立の合間から下界が見えた。熊野川と三里橋だ。さらに登山道をくだると道は小辺路終点の八木尾地区への本ルートと七色地区へ下る道の分岐点となるが、勘違いして七色への道に入ってしまった。おや小辺路の終点は八木尾だったと気がついたが、既にかなり疲労していたのでまた登って分岐点まで戻る気にならず、そのまま道を下った。午後4時50分に七色集落に到着した。集落は傾斜地に広がっているため棚田がみられたが、すでに田植えが終わっており、イモリが水田に遊んでいた。七色地区は奈良県十津川村である。車道を歩いていると県境を越え、和歌山県田辺市本宮町に入った。結局所要時間は30分ほど遠回りになってしまったのだが、国道168号線旧道沿いの熊野川の穏やかな流れをじっくりと眺めながら歩くことができた。本来の小辺路入口がある八木尾地区を通り過ぎ、国道の洞門脇の専用歩道を進み萩集落を経て、午後6時過ぎにようやく道の駅「奥熊野古道ほんぐう」に到着した。道の駅駐車場から今日の行程を振り返り小辺路・果無山脈の方向を眺めたが、既に陽が傾き山影がぼんやりとしていて悠久のかなたの雰囲気になっていた。 登山の最後は温泉入浴と決めているが、前回と同様に湯の峰温泉の公衆浴場に立ち寄った。また機会があれば今度は川湯温泉の仙人露天風呂に入ってみたいと思う。
|
|
AM 10:20 登山開始まもなくの展望を振り返る
中辺路方面が見えた
百前森山直下の巻き道を行く
PM 02:00 稜線の小ピーク・ブナの平に到着
ブナの平からの景色
石地力山からの果無山脈
PM 03:15 小辺路・果無峠に到着
八木尾方面へ小辺路を下る
三里橋が見えてきた
|